『カーボカウント』への道のりを振り返る

私とカーボカウントとの出会いから現在に至るまでの道程を振り返りながら、私がカーボカウントの普及に力を入れるようになった経緯について書いてみたいと思う。

●カーボカウントとの出会い

私がカーボカウントをはじめて知ったのは、多くの医師と同様、DCCT研究(Diabetes Control and Complications Trial)1)であった。DCCT研究とは、1983〜1993年にかけて米国およびカナダで行われた大規模臨床研究で、その内容は1型糖尿病患者を強化療法群(強化インスリン療法または持続皮下インスリン注入療法〔CSII〕)と従来療法群(当時の一般的な治療であった1日1〜2回のインスリン注射)に分けて、網膜症・腎症・神経障害の発症や進展予防が可能かどうかを調べたものであった。そして、強化治療群の指導ツールとしてカーボカウントが活用され、輝かしい成果を上げたという報告であった。筆者はこの報告によって、1型糖尿病患者に対するカーボカウントの有効性をはじめて知った。さらにその後、1994年米国糖尿病学会(ADA)がカーボカウントを正式な食事療法として認め、「個別化栄養療法」を宣言した2)。「個別化栄養療法」とは、「糖尿病患者の代謝は個々に異なるので、すべての患者に最適な栄養処方は存在しないという考えから、これまでの栄養勧告の中で必ず定義づけてきた炭水化物と脂質の比率を撤廃し、栄養バランスは患者毎に個別に決定すべきである」という提言である。これによって、カーボカウント指導の対象は1型糖尿病患者だけでなく、すべての糖尿病患者へと拡がった

●糖尿病エンパワーメント・アプローチとの出会い

その後、私は2001年医歯薬出版社から発刊された『糖尿病エンパワーメント』に出会った。 Continue reading

「日本糖尿病学会の提言」を患者中心の食事療法の実現に向けた転機としたい

2013年3月18日、日本糖尿病学会のHPに「 糖尿病における食事療法の現状と課題 」と題する提言が満を持して発表されました。今回、このタイミングで日本糖尿病学会が提言を行った目的は2つあると思います。第1に、昨今マスコミで話題となり、医療従事者や糖尿病患者に大きな影響を与え、論争の的となっている「糖質制限食」について、最新の知見に基づいて、きちんと批評・相対化し、日本糖尿病学会としての考え方を社会に示すこと。第2に、これによって、糖尿病の食事療法における世間の混乱を収拾し、マスコミに節度ある報道を期待することではないかと考えます。

この提言内容についてのマスコミの対応は「糖質制限食、現時点で勧めず…糖尿病学会が提言」(読売新聞)といった見出しが多く、この見出しのタイトルで、糖質制限派の読者は中味を十分に吟味せずに、おおいに失望してしまった方もたくさんおられたようです。ただ、今回の提言内容には、これまでの学会の主張から大きく飛躍し、日本糖尿病学会から糖質制限食に歩み寄ったと思われる主張もたくさん含まれますので、そうした点にも着目して、私自身の感想を述べたいと思います。

論評タイトル「全体的には評価できる点が多々あるが、『原則エネルギー制限主義』の継続は我が国の2型糖尿病の実情に合わず、硬直的で柔軟さに欠ける内容」 Continue reading

『バランス食』という自文化中心主義に自覚的になる

はじめにことわっておきたいのですが、私の希望は「我が国の糖尿病患者に対して、実現可能なエネルギー制限食以外の選択肢を与えること」であり、それ故、カーボカウントの普及を強く推進しています。糖質制限食に対しては賛成も反対もしていません。糖質制限食はそれを必要とする患者を是々非々で判断して、慎重に適応を決定すべき段階だろうと考えています。今日は「バランス食」という概念の運用について、注意すべき事柄について述べたいと思います。

栄養士さんのセミナーを主催していて、いつも感じるのが『バランス食』という「自文化中心主義」です(自文化中心主義:人は自分が生まれ育った文化の影響を強く受けていて、それが一番良いと考え、異なった文化の考え方を否定的に判断したり、低く評価してしまうこと)。「糖尿病患者は栄養バランスの良い食事をしなければいけない」「バランスの悪い食事をしていると病気になる」といった考え方です。それは至極正当な考え方だし、それが間違いであるとは言いません。しかし、「食品交換表が根強く広まっている我が国で教育を受けた医療者は「『栄養バランスが一番重要である』という自文化に強く拘束されているという自覚」をもつことは必要だろうと思います。 Continue reading

2型糖尿病患者のためのカーボカウントの意義

皆さん、こんにちわ!研究会代表を務める杉本正毅です。今日は3月2日、快晴の土曜日です。

私たちカーボカウント研究会は2011年4月から都内の管理栄養士、ナースなどが中心となって、毎月1年半に亘って、主に2型糖尿病のためのカーボカウントの実践について、発表し、討論を重ねてきました。そして、その成果を2013年に『2型糖尿病のためのカーボカウント実践ガイド:食品交換表とカーボカウントの連携を促進する』(医薬ジャーナル社)として今夏以降(8〜9月頃を予定)に上梓する予定です。現在まで、その出版の準備のため、研究会活動を休止してきました。しかし、4月14日(日)から再開する予定です。

今日は、今年出版予定の著書(編者:杉本正毅)の概要を少しだけご紹介したいと思います。これを読んでいただくと、私たちが考える糖尿病栄養療法の骨子をご理解いただけるものと思います。現在、私はこの著書に著したカーボカウントの実践方法を全国さまざまな処で講演しています。実は本日も「関東信越国立管理栄養士協議会研修会」でお話しする予定です(国立国際医療研究センター5階大会議室)。

それでは、今日の研修会で配付する資料の一部を、以下にご紹介します。

講演タイトル:カーボカウントと食品交換表の連携を促進する:基礎カーボ指導の重要性に着目することで拡がる新しい栄養療法の可能性

東京衛生病院糖尿病内科 杉本正毅

【講演要旨】

最近の2型糖尿病治療における最大のパラダイムシフトはインクレチン関連薬の臨床応用によって、もたらされている。同様に、この数年間における糖尿病栄養療法に関する言説の変化はインクレチン関連薬によってもたらされた変化に匹敵するほど、いやそれ以上の激変であると言っても過言ではないだろう。

我が国にこうした大きな変化がもたらされた背景を考えてみることは、これからの糖尿病栄養療法の在り方を議論する上で、大変意義深いと思われる。そこで以下に、演者の個人的な見解を述べてみたい。

第1に挙げられるのは『糖質制限食』と呼ばれる栄養療法の登場である。この栄養療法が、我が国にこれほどに大きな影響を与えた主な理由、それは我が国では、欧米に比べてきわめて「画一的栄養指導」(もう少し正確に言えば、「画一的な栄養指導であると患者に受け止められていた」)が行われていたからではないか?と演者は考えている。糖質制限食は従来の栄養指導に満足できない人たちの間に、主にインターネットを介して急速に普及した。糖質制限食が急速に普及したという事実から、演者は従来の栄養指導における2つの課題を指摘したい。1つは「血糖管理という視点が希薄であったこと」、2つめは「病態や患者背景を考慮しない画一的な指導法であったこと」である。糖質制限食が急速な拡がりを見せるに至った結果、ようやく我が国の糖尿病専門家文化圏においても、「栄養バランスにおける炭水化物の適正比率」に関する議論が始まったと言っても過言ではないだろう。

ここ数年間の栄養療法における議論は「エネルギー制限食 vs 糖質制限食」、もっと率直な表現をするなら、「糖質制限食は是か非か?」という、互いに認め合うことの少ない不毛の議論であった。この対立の構図は「エネルギー制限と栄養バランス(糖質制限)のどちらを優先すべきか?」という議論に置き換えることもできるだろう。このように言い換えてみると、その解は明白で、「それは患者の病態によって異なるはず」という至極当然な結論に帰着する。それ故、演者は「糖質制限食は是か非か?」という命題の代わりに、「エネルギー制限食とカーボカウントをどのように使い分けたら良いのか?」という命題を提案したい。すなわち、 ①エネルギー制限食を希望しない患者に対する代替案として、どのようにカーボカウント指導を取り入れたら良いのか? ②エネルギー制限よりも基礎カーボカウント(1食に摂る糖質量を一定にする指導)を優先した方が良い患者とはどのような患者か?その具体的な指導方法は? ③極端な糖質制限を行っても問題が生じないようにするためにはどうすれば良いのか? Continue reading