文化人類学者である磯野真穂さんの記事を紹介します。私の知る限り、もっとも冷静で説得力のある糖質制限食批評だと思います。
インターネットが普及し、アマゾン、グーグルといった企業が誕生し、ウェブ社会隆盛の時代を迎えました。『ウェブ進化論』などという本も出版され、「チープ革命」とか「総表現社会」などといった言葉が生まれ、私たちはみんな「リアル社会」の一員として生きながら、同時に「ウェブ社会」にも暮らすようになりました。そして今や「ウェブ社会」の影響はドンドン拡大し、「ウェブ社会」の光と影が見え隠れする時代を迎えています。
そんな中、糖尿病食事療法のひとつとして紹介された「糖質制限食」がウェブ社会の波に乗って、巨大化し、ビジネスまで巻き込み、糖尿病を持たない人々の暮らしにまで、大きな影響力を発揮するようになってきています。
著者 磯野真穂さんは文化人類学者の立場から、今糖尿病臨床の世界で大きな論争を巻き起こしている「糖質制限食」に対して、小気味よい批評を展開しています。
著者の言説は、私たち専門家と呼ばれる人間が、いくつかのエビデンスを繋ぎ合わせて、自らの“物語”を紡いでいくとき、自らの主張も“ひとつの物語に過ぎない”と客観視する複眼的視点を持つべきであるということを強く警告しています(と、私は受け止めました)。サブタイトルにある「科学らしく見えるものの危うさ」が言い得て妙です。
トランプ大統領の登場、英国のEUからの離脱という予想外の展開を表す言葉として、ポスト・トゥルース(Post-Truth)という言葉が生まれたのは記憶に新しいと思いますが、著者が「我が国における糖質制限食の影響力」を『ポスト・トゥルース』という言葉で表現したことはまさに至言と言えます。
記事の最後に、著者は次の言葉で締めくくっています。
食は、人間の生き方や価値観、さらには環境との共生の在り方までが映し出される複合的なものである。人間の食のあり方を科学の言葉に還元し、そこからのみ絶対善を語ることは、そもそも人間の食の本質をないがしろにしているとは言えまいか。
すべての医療専門職と1人でも多くの一般の方々に是非読んでいただきたいと思います。