ナラティヴ・アプローチとカルテの記録(合理性と個別性の両立をめざす)

私はナラティヴ・アプローチを標榜しており、その中で「カーボカウント」の重要性を訴えています。そこで、今日は標題の様なテーマで私見を述べてみたいと思います。

ナラティヴ・アプローチ(こうした医療実践をEBMと対比して、NBM:Narrative Based Medicieと言う)を簡単に説明することはできませんが、はじめてこのサイトを訪れた方のために、ごく簡単に説明します。まず、次のようなことを前提としています。医療人類学では「病気」を客観的な部分(医師の考える糖尿病)と主観的な部分(患者が考える糖尿病)に分類し、前者を「Disease(疾病)」、後者を「illness(病い)」と言います。そして、illness(1人一人の糖尿病に対する意味づけ)を探求し、患者の希望、患者なりの考えや行動を理解し、それに基づいてリサーチエビデンスを探し、それらを統合して、患者中心の良質な医療を実現しようとするものです。言い換えると、「病気」ばかりに目を奪われずに、患者の『全体的生』を大切にしていく医療であるとも言えます。

今回は、NBMと「カルテの記録」について書いてみたいと思います。というのも、最近ある栄養士さん達と雑談している際、栄養指導の時間が益々短縮される中で、ナラティブな指導を行っていくことは難しいという厳しい現実を聴かされたからです。私が、自分の診療記録のスタイルを説明し、患者とのやりとりの詳細やライフイベントを記録することの重要性を語ったのですが、私たちの医療現場では「余計なことを書くなと批判されそうですね」、というレスが返ってきました。

そこで、自分の考えを整理する目的で、以下のような文章を書いてみました。

■「患者とのやりとりの詳細をカルテや報告書に記録すると、無駄なことを書くと批判されるだろう」という発言についてこの意見について、少し長い説明になってしまいますが、以下の説明をしたい。

実際に病棟で起こった実例をご紹介しましょう!
患者A子さんはその日、朝からとても体調不良でした。ずっとベッドで寝ていたい気分でした。そこへちょうど看護師Bさんが来て、「A子さん、レントゲン室から呼ばれましたから、今から1階の放射線室まで行きましょう!」と言いました。
A子さんは、とても申し訳なさそうな表情を浮かべながら、「あの〜、すいませんが、今日はとても具合が悪いので、午後からにしていただけますか?」と答えました(医師はたまたま、その部屋でA子さんと看護師とのやりとりの一部始終を見ていたのです)。

その後、ナースステーションでの申し送りが始まりました。
看護師Bさんは次のように言ったのです。
「患者A子さんは今日のレントゲン検査を拒否されましたので、日勤対応でお願いします」
医師は「あの申し訳なさそうなA子さんの表情や声色はどこへ行ってしまったのだろう?」と彼女の文脈がすべて抹消され、「拒否した」という言葉にすり替えられてしまったことに驚きました。

事実を効率よく伝えるPOSシステムで、効率性だけでなく、患者の気持ちを大切にするケアを実現するためには、その患者とのやりとりをしっかりと記録し、他のスタッフに伝達することが求められるのです。

例えば、次のような仮想栄養指導の場面を再現してみましょう!

私(栄養士)が「お酒はできれば、1合にしていただけますか?」と問うと、患者Oさんは頭を掻きながら、すっかり困った顔をして「はぁ」とだけ答えた。

そこで、私が「1合では無理ですか?」と重ねて尋ねると、申し訳なさそうに「ちょっと無理かなぁ?」と小声で答えました。

そこで私が、「それでは2合をめざす努力をするっていうのはどうですか?」と提案したところ、「頑張ってみます!」と笑顔で答えてくれました。

そのときのOさんのお顔の表情はとても素敵でした。私も嬉しくなって「Oさん!決して無理しなくてもイイので頑張ってくださいね!」と応じました。

事実だけを客観的に記録するPOSシステムとの違いをご理解いただけるでしょうか?
その場のコンテクスト(文脈)を記録することで、その患者のことを知らないスタッフにもその患者の全体像(病気だけでなく、『人としての全存在』)を伝えることができるのです。それと同時に「患者と医療者との関係性」が伝わる記録となるのです。

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