食行動を根底から変えるような食事指導が求められている

〜ビクトーザの食欲抑制効果について意見を求められて〜

過日、トルリシティーという1週間に1回注射すれば良いGLP-1RA製剤の営業を担当するMRさんにビクトーザを投与された治療ナイーブ例のA1cと体重の推移グラフを見せました。すると彼は「先生もよくご存じの通り、本剤は食欲抑制効果が長続きしませんので・・・」と言ったのでした。

私はそのとき即座にこう言いました。
「このグラフを見て下さい。3年間投与を続けても、みんな体重減少を維持しているんだよ。君たちはLong acting GLP-1RAは1ヶ月間でタキフィラキシーが出現する。だから食欲抑制作用ではshort acting GLP-1RAには負けると習ったんだよね。しかし、ビクトーザがとても有効な患者さん達の多くはずっと食欲抑制作用が持続している。Short acting製剤が胃運動抑制作用を発揮するのに対して、Long acting製剤には中枢神経作用があるからだと思う」と。

しかし、本日別なMRさんとと話をしながら、これとは異なった視点から「ビクトーザによる食欲抑制効果、体重減少効果に対する意味付け」に気づきました。私の場合、ビクトーザを投与した80例近い患者さん達の体重減少効果はナイーブ例で「4kg程度」、既治療例では「5kg」に達しています。中には10kg以上、20kg以上の人もいます。これをビクトーザによる中枢神経作用だけで説明することは難しい。おそらく彼らはビクトーザ開始後の体重減少効果によって、食行動に対して本質的な行動変容を来しているのではないだろうかと考えます。

GLP-1RA製剤による食欲抑制効果はとても重要な効果ですが、薬剤による食欲抑制効果に頼っていてはその効果は長続きしません。食行動を根底から変えるような食事指導こそが求められているのだと思います。そして、僕の場合、それは厳格なエネルギー制限や栄養バランス指導ではなく、患者の裁量を尊重した基礎カーボカウント指導によって達成されると信じています。

次回の研究会開催日時のご案内

【次回の研究会 開催日時のご案内】

2013年 7月 28日 日曜日
 時間 14:00〜17:00 を予定しています
 場所 ロシュ 本社ビル会議室

 *出欠のご連絡は不要です
  当日 受けつけにて出欠の確認とらせていただきます

アジェンダ決まり次第このサイトにて報告していきます

2013年4月14日 研究会活動報告

2013年度の行動目標として以下のテーマについて話し合いが行われました。
1:カーボカウントと食品交換表の共働的アプローチの実践
2:インスリン療法導入時に行う応用カーボカウントマニュアル作成(2型DM患者にBasal/Bolusを導入する際のマニュアル作成)
3:非インスリン2型DM患者に対するカーボカウント指導マニュアル作成(初めて血糖測定を手にした人たちに楽しく学んでもらう為の本)
4:日本版 Idaho Plate Method の作成

など それぞのテーマの担当者も決めていきました

「日本糖尿病学会の提言」を患者中心の食事療法の実現に向けた転機としたい

2013年3月18日、日本糖尿病学会のHPに「 糖尿病における食事療法の現状と課題 」と題する提言が満を持して発表されました。今回、このタイミングで日本糖尿病学会が提言を行った目的は2つあると思います。第1に、昨今マスコミで話題となり、医療従事者や糖尿病患者に大きな影響を与え、論争の的となっている「糖質制限食」について、最新の知見に基づいて、きちんと批評・相対化し、日本糖尿病学会としての考え方を社会に示すこと。第2に、これによって、糖尿病の食事療法における世間の混乱を収拾し、マスコミに節度ある報道を期待することではないかと考えます。

この提言内容についてのマスコミの対応は「糖質制限食、現時点で勧めず…糖尿病学会が提言」(読売新聞)といった見出しが多く、この見出しのタイトルで、糖質制限派の読者は中味を十分に吟味せずに、おおいに失望してしまった方もたくさんおられたようです。ただ、今回の提言内容には、これまでの学会の主張から大きく飛躍し、日本糖尿病学会から糖質制限食に歩み寄ったと思われる主張もたくさん含まれますので、そうした点にも着目して、私自身の感想を述べたいと思います。

論評タイトル「全体的には評価できる点が多々あるが、『原則エネルギー制限主義』の継続は我が国の2型糖尿病の実情に合わず、硬直的で柔軟さに欠ける内容」 Continue reading

『生活習慣病パラダイム』に対抗できる説得力のあるバランス食の文脈を見つけたい

今日は暖かな素晴らしい週末です。バランス食について感じる雑感を書いてみます。

■生活習慣病パラダイム

最初に浮ヶ谷幸代著『病気だけれど病気でない:糖尿病者の生きる生活世界』から、以下を引用します。

1996年、当時の厚生省が『成人病』に代わる呼称として提唱した。 「生活習慣病」の原因は、「さまざまな危険因子」(環境要因、遺伝因子、生活習慣など)であり、従って、治療は「これらの危険因子を減らす」こととなる。「生活習慣病」の危険因子は多重に存在しているにもかかわらず、臨床では医学的にコントロールできる、しかも患者の努力の範囲内でコントロールできるものとして『個人の生活習慣』が位置づけられた。ここに『セルフ・コントロール』という神話が要請されたのである。

この生活習慣病という概念は我が国に広く浸透し、社会に深く浸透し、大きな社会的言説を形成し、医療者の大きな物語となっています。そして、いつの間にか医療現場では「病気の原因は、あなたの悪い生活習慣ですよ」という新たな病因論を生み出しました。病院によっては、なんと「糖尿病教室」でこの説明モデルを用いている処もあるようです。私の糖尿病外来には定期的に看護学部の学生の見学者が訪れます。私は毎回、彼らの実習レポートを読み、コメントを書きます。学生の書いたレポートの中にも、しばしばこの『生活習慣病パラダイム』を垣間見ることになります。それはこんな表現となります。 Continue reading

『バランス食』という自文化中心主義に自覚的になる

はじめにことわっておきたいのですが、私の希望は「我が国の糖尿病患者に対して、実現可能なエネルギー制限食以外の選択肢を与えること」であり、それ故、カーボカウントの普及を強く推進しています。糖質制限食に対しては賛成も反対もしていません。糖質制限食はそれを必要とする患者を是々非々で判断して、慎重に適応を決定すべき段階だろうと考えています。今日は「バランス食」という概念の運用について、注意すべき事柄について述べたいと思います。

栄養士さんのセミナーを主催していて、いつも感じるのが『バランス食』という「自文化中心主義」です(自文化中心主義:人は自分が生まれ育った文化の影響を強く受けていて、それが一番良いと考え、異なった文化の考え方を否定的に判断したり、低く評価してしまうこと)。「糖尿病患者は栄養バランスの良い食事をしなければいけない」「バランスの悪い食事をしていると病気になる」といった考え方です。それは至極正当な考え方だし、それが間違いであるとは言いません。しかし、「食品交換表が根強く広まっている我が国で教育を受けた医療者は「『栄養バランスが一番重要である』という自文化に強く拘束されているという自覚」をもつことは必要だろうと思います。 Continue reading

ナラティヴ・アプローチとカルテの記録(合理性と個別性の両立をめざす)

私はナラティヴ・アプローチを標榜しており、その中で「カーボカウント」の重要性を訴えています。そこで、今日は標題の様なテーマで私見を述べてみたいと思います。

ナラティヴ・アプローチ(こうした医療実践をEBMと対比して、NBM:Narrative Based Medicieと言う)を簡単に説明することはできませんが、はじめてこのサイトを訪れた方のために、ごく簡単に説明します。まず、次のようなことを前提としています。医療人類学では「病気」を客観的な部分(医師の考える糖尿病)と主観的な部分(患者が考える糖尿病)に分類し、前者を「Disease(疾病)」、後者を「illness(病い)」と言います。そして、illness(1人一人の糖尿病に対する意味づけ)を探求し、患者の希望、患者なりの考えや行動を理解し、それに基づいてリサーチエビデンスを探し、それらを統合して、患者中心の良質な医療を実現しようとするものです。言い換えると、「病気」ばかりに目を奪われずに、患者の『全体的生』を大切にしていく医療であるとも言えます。

今回は、NBMと「カルテの記録」について書いてみたいと思います。というのも、最近ある栄養士さん達と雑談している際、栄養指導の時間が益々短縮される中で、ナラティブな指導を行っていくことは難しいという厳しい現実を聴かされたからです。私が、自分の診療記録のスタイルを説明し、患者とのやりとりの詳細やライフイベントを記録することの重要性を語ったのですが、私たちの医療現場では「余計なことを書くなと批判されそうですね」、というレスが返ってきました。

そこで、自分の考えを整理する目的で、以下のような文章を書いてみました。

■「患者とのやりとりの詳細をカルテや報告書に記録すると、無駄なことを書くと批判されるだろう」という発言について Continue reading

2型糖尿病患者のためのカーボカウントの意義

皆さん、こんにちわ!研究会代表を務める杉本正毅です。今日は3月2日、快晴の土曜日です。

私たちカーボカウント研究会は2011年4月から都内の管理栄養士、ナースなどが中心となって、毎月1年半に亘って、主に2型糖尿病のためのカーボカウントの実践について、発表し、討論を重ねてきました。そして、その成果を2013年に『2型糖尿病のためのカーボカウント実践ガイド:食品交換表とカーボカウントの連携を促進する』(医薬ジャーナル社)として今夏以降(8〜9月頃を予定)に上梓する予定です。現在まで、その出版の準備のため、研究会活動を休止してきました。しかし、4月14日(日)から再開する予定です。

今日は、今年出版予定の著書(編者:杉本正毅)の概要を少しだけご紹介したいと思います。これを読んでいただくと、私たちが考える糖尿病栄養療法の骨子をご理解いただけるものと思います。現在、私はこの著書に著したカーボカウントの実践方法を全国さまざまな処で講演しています。実は本日も「関東信越国立管理栄養士協議会研修会」でお話しする予定です(国立国際医療研究センター5階大会議室)。

それでは、今日の研修会で配付する資料の一部を、以下にご紹介します。

講演タイトル:カーボカウントと食品交換表の連携を促進する:基礎カーボ指導の重要性に着目することで拡がる新しい栄養療法の可能性

東京衛生病院糖尿病内科 杉本正毅

【講演要旨】

最近の2型糖尿病治療における最大のパラダイムシフトはインクレチン関連薬の臨床応用によって、もたらされている。同様に、この数年間における糖尿病栄養療法に関する言説の変化はインクレチン関連薬によってもたらされた変化に匹敵するほど、いやそれ以上の激変であると言っても過言ではないだろう。

我が国にこうした大きな変化がもたらされた背景を考えてみることは、これからの糖尿病栄養療法の在り方を議論する上で、大変意義深いと思われる。そこで以下に、演者の個人的な見解を述べてみたい。

第1に挙げられるのは『糖質制限食』と呼ばれる栄養療法の登場である。この栄養療法が、我が国にこれほどに大きな影響を与えた主な理由、それは我が国では、欧米に比べてきわめて「画一的栄養指導」(もう少し正確に言えば、「画一的な栄養指導であると患者に受け止められていた」)が行われていたからではないか?と演者は考えている。糖質制限食は従来の栄養指導に満足できない人たちの間に、主にインターネットを介して急速に普及した。糖質制限食が急速に普及したという事実から、演者は従来の栄養指導における2つの課題を指摘したい。1つは「血糖管理という視点が希薄であったこと」、2つめは「病態や患者背景を考慮しない画一的な指導法であったこと」である。糖質制限食が急速な拡がりを見せるに至った結果、ようやく我が国の糖尿病専門家文化圏においても、「栄養バランスにおける炭水化物の適正比率」に関する議論が始まったと言っても過言ではないだろう。

ここ数年間の栄養療法における議論は「エネルギー制限食 vs 糖質制限食」、もっと率直な表現をするなら、「糖質制限食は是か非か?」という、互いに認め合うことの少ない不毛の議論であった。この対立の構図は「エネルギー制限と栄養バランス(糖質制限)のどちらを優先すべきか?」という議論に置き換えることもできるだろう。このように言い換えてみると、その解は明白で、「それは患者の病態によって異なるはず」という至極当然な結論に帰着する。それ故、演者は「糖質制限食は是か非か?」という命題の代わりに、「エネルギー制限食とカーボカウントをどのように使い分けたら良いのか?」という命題を提案したい。すなわち、 ①エネルギー制限食を希望しない患者に対する代替案として、どのようにカーボカウント指導を取り入れたら良いのか? ②エネルギー制限よりも基礎カーボカウント(1食に摂る糖質量を一定にする指導)を優先した方が良い患者とはどのような患者か?その具体的な指導方法は? ③極端な糖質制限を行っても問題が生じないようにするためにはどうすれば良いのか? Continue reading