2型糖尿病患者のためのカーボカウントの意義

皆さん、こんにちわ!研究会代表を務める杉本正毅です。今日は3月2日、快晴の土曜日です。

私たちカーボカウント研究会は2011年4月から都内の管理栄養士、ナースなどが中心となって、毎月1年半に亘って、主に2型糖尿病のためのカーボカウントの実践について、発表し、討論を重ねてきました。そして、その成果を2013年に『2型糖尿病のためのカーボカウント実践ガイド:食品交換表とカーボカウントの連携を促進する』(医薬ジャーナル社)として今夏以降(8〜9月頃を予定)に上梓する予定です。現在まで、その出版の準備のため、研究会活動を休止してきました。しかし、4月14日(日)から再開する予定です。

今日は、今年出版予定の著書(編者:杉本正毅)の概要を少しだけご紹介したいと思います。これを読んでいただくと、私たちが考える糖尿病栄養療法の骨子をご理解いただけるものと思います。現在、私はこの著書に著したカーボカウントの実践方法を全国さまざまな処で講演しています。実は本日も「関東信越国立管理栄養士協議会研修会」でお話しする予定です(国立国際医療研究センター5階大会議室)。

それでは、今日の研修会で配付する資料の一部を、以下にご紹介します。

講演タイトル:カーボカウントと食品交換表の連携を促進する:基礎カーボ指導の重要性に着目することで拡がる新しい栄養療法の可能性

東京衛生病院糖尿病内科 杉本正毅

【講演要旨】

最近の2型糖尿病治療における最大のパラダイムシフトはインクレチン関連薬の臨床応用によって、もたらされている。同様に、この数年間における糖尿病栄養療法に関する言説の変化はインクレチン関連薬によってもたらされた変化に匹敵するほど、いやそれ以上の激変であると言っても過言ではないだろう。

我が国にこうした大きな変化がもたらされた背景を考えてみることは、これからの糖尿病栄養療法の在り方を議論する上で、大変意義深いと思われる。そこで以下に、演者の個人的な見解を述べてみたい。

第1に挙げられるのは『糖質制限食』と呼ばれる栄養療法の登場である。この栄養療法が、我が国にこれほどに大きな影響を与えた主な理由、それは我が国では、欧米に比べてきわめて「画一的栄養指導」(もう少し正確に言えば、「画一的な栄養指導であると患者に受け止められていた」)が行われていたからではないか?と演者は考えている。糖質制限食は従来の栄養指導に満足できない人たちの間に、主にインターネットを介して急速に普及した。糖質制限食が急速に普及したという事実から、演者は従来の栄養指導における2つの課題を指摘したい。1つは「血糖管理という視点が希薄であったこと」、2つめは「病態や患者背景を考慮しない画一的な指導法であったこと」である。糖質制限食が急速な拡がりを見せるに至った結果、ようやく我が国の糖尿病専門家文化圏においても、「栄養バランスにおける炭水化物の適正比率」に関する議論が始まったと言っても過言ではないだろう。

ここ数年間の栄養療法における議論は「エネルギー制限食 vs 糖質制限食」、もっと率直な表現をするなら、「糖質制限食は是か非か?」という、互いに認め合うことの少ない不毛の議論であった。この対立の構図は「エネルギー制限と栄養バランス(糖質制限)のどちらを優先すべきか?」という議論に置き換えることもできるだろう。このように言い換えてみると、その解は明白で、「それは患者の病態によって異なるはず」という至極当然な結論に帰着する。それ故、演者は「糖質制限食は是か非か?」という命題の代わりに、「エネルギー制限食とカーボカウントをどのように使い分けたら良いのか?」という命題を提案したい。すなわち、 ①エネルギー制限食を希望しない患者に対する代替案として、どのようにカーボカウント指導を取り入れたら良いのか? ②エネルギー制限よりも基礎カーボカウント(1食に摂る糖質量を一定にする指導)を優先した方が良い患者とはどのような患者か?その具体的な指導方法は? ③極端な糖質制限を行っても問題が生じないようにするためにはどうすれば良いのか?

このようなことを議論する方がはるかに建設的で、実りのある議論が可能となるのではないだろうか。それ故、演者は今夏、自らが編者となって、こうした糖尿病栄養療法をめぐる基本的な疑問に答えることをめざして、『2型糖尿病のためのカーボカウント実践ガイド:カーボカウントと食品交換表の連携を推進する』(医薬ジャーナル社)という著書を上梓する予定である。

以下に、本書が従来の栄養療法と一線を画す4つの特徴について述べたい。それが、今回の講演における演者の主張と一致するからである。

■第1の特徴 本書は“エネルギー制限食versus カーボカウント”から “エネルギー制限食and カーボカウント” の時代への橋渡しをめざしている。この際、糖質制限食をどのように定義づけるのかについては未だ議論のあるところであるが、米国糖尿病学会(American Diabetes Association ,ADA)はエネルギーの30〜40%をModerate low-carbohydrate diet、1日70g未満をvery-low-carbohydrate dietと定義している1)。従って、本書でも糖質制限食を「エネルギー制限ではなく、糖質管理に基づく栄養療法」という意味において、カーボカウントの特殊型として含め、エネルギー制限食との使い分けを論じたいと思う。但し、本書では主に①と②のテーマについて議論している。その理由は、③のテーマは現時点において専門家による意見の食い違いが大きく、さらに数年の議論が必要であるという編者の考えに依っている。

■第2の特徴  本書の第2の特徴は「医師—患者関係」から栄養療法の遵守率を高めるための議論をしていることである。確かに臨床疫学を駆使した生物医学モデルにおける議論が重要であることは言うまでもない。しかし、筆者の限られた体験から言えることは、「ほとんどの患者は厳格なエネルギー制限も極端な糖質制限も望んではいない」ということである。ただ、食事というのはきわめて個別性が高く、その患者の生育環境に負う部分が大きいことも事実である。例えば「極端な糖質制限」を生物医学的に定義することは可能かもしれないが、「極端な糖質制限と感じる閾値」は人さまざまで定義づけは困難である。それ故、食事指導においては、如何にして医学的な尺度と文化人類学的な尺度を統合して、最良のアウトカムに繋げていくかという専門的な技術が求められることを強調したい。多くの患者から「画一的」と揶揄されてきた従来の食事指導はやや生物医学モデルに偏り過ぎていたように演者には思われる。つまり、食品交換表自体の問題というよりも運用方法の問題と考えられる。そこで、本書では人類学的な見地も取り入れた「患者中心の栄養指導」を提案している。「患者中心」とは、患者にとって“価値が高いと感じられるサービス”を指す。そして、価値とは“患者が決めるもの”であるということが重要である。医療者が医学的な見地から見て適切だと考えたサービスが患者に受け入れられなかったとき、次にどういうサービスを提供していくべきかを考えることが求められる。本書は、生物医学的な観点を重視しながらも、患者に“価値”を見いだしてもらえる可能性が高いサービス(栄養指導)を提供していく理念をもつことの重要性について論じている。その具体的なアプローチについては本書の第3部を参照していただきたい。

■第3の特徴  本書の第3の特徴は「患者の病態に配慮したテーラーメイド栄養療法の私案」を呈示している点である(「第1部1章:2型糖尿病におけるカーボカウントの意義」を参照)。誰もが「糖尿病栄養療法は病態に基づいてテーラーメイドに行われるべきである」と考えているが、実際の栄養指導の場面で有効な個別化栄養療法が行われているとは思われない。栄養療法の個別化はきわめて困難な永遠の課題であり、今後、日本糖尿病学会を中心に議論を深めていただかなければならない。本書では演者の実践スタイルを紹介している。まだ明確なアルゴリズムを示すことはできていないが、実践に役立つアイデアを呈示している。栄養摂取基準を厳密に定義することは重要であるが、その実際の運用には曖昧さを残しておいた方が個別化しやすいことも事実である。カーボカウントは炭水化物比率を優先的に決定し、顕性腎症を呈さない限り、他の栄養バランスについては柔軟に対応する。この点が入院管理食と日常食との大きな違いであろう。エネルギー制限食は入院管理食に適しているのに対し、カーボカウント(糖質管理食)は日常生活での食事管理に適していると言える。

■第4の特徴  本書の第4の特徴は、基礎カーボカウント指導と自己血糖測定(SMBG)を組み合わせることによって、非インスリン2型糖尿病患者に対する「薬物最適化プログラムの実践」について論じている点である。この10年間、ACCORD2)、ADVANCE3)、VADT4)など厳格血糖管理の大血管障害に対する効果を検討する大規模臨床試験が行われたが、いずれの研究においても大血管障害に対する明らかな抑制効果は認められなかった。それらの臨床研究から多くの教訓が生まれたが、それを端的に表現すると、治療レジュメに拘束された、個別的な配慮に欠けた薬物療法、性急な血糖管理は良い結果を生み出さないというものだった。そこで、2012年度のADA/EASDの意見表明には「患者中心アプローチ」「決定共有アプローチ」という単語が何度も使用されている。本書はこうした患者の病態を考慮した薬物療法の実践を可能とするツールとしての基礎カーボカウントの意義についても具体的に記述している。その詳細は本書第2部の4章(「血糖パターン分析に基づく薬物療法最適化プログラム」)を参照していただきたい。

■最後に  食事の役割をどのように定義し、どのような言葉で患者に伝えるか、そして、なによりも患者が どのような食事を望んでいるかを理解し、共感することは、食事療法におけるもっとも重要なエッセンスである。「食事とは、まさにサイエンスと文化が交叉するアートの領域である」と言って良いだろう。にもかかわらず、我が国における糖尿病栄養療法の議論は、あまりに生物医学に偏っており、そこには糖尿病をもって生きる人々が織りなす暮らしや人生を配慮する文脈が不足していることを、演者は憂いている。それ故、演者はこうした食文化の多様性に配慮して、糖尿病栄養療法をもう一度見つめ直すことの必要性を提案すると同時に、当面の目標として、患者が「エネルギー制限を基本とする従来の食事指導」と「糖質管理を基本とするカーボカウント指導」の中から、自らの意志で栄養療法を選択できる体制を整えることが必要であるという大胆な提言をしている。そして、適切なカーボカウント指導を推進するためにも、カーボカウントと食品交換表の連携を推進することの重要性を説いている。

今回の講演では時間的な制約もあることから、主に以下の3点を中心にお話ししたい。すなわち、「患者の病態に合わせてカーボカウントと食品交換表をどのように使い分けたら良いのか?」、「食品交換表では実現できないカーボカウントがもつ臨床的意義とは何か?」、「栄養療法の遵守率を上げるためには、食品交換表 or カーボカウントといったアプローチ方法の選択以上に、患者に対する医療者のスタンスが重要であること」の3点である。

Leave a Reply