『バランス食』という自文化中心主義に自覚的になる

はじめにことわっておきたいのですが、私の希望は「我が国の糖尿病患者に対して、実現可能なエネルギー制限食以外の選択肢を与えること」であり、それ故、カーボカウントの普及を強く推進しています。糖質制限食に対しては賛成も反対もしていません。糖質制限食はそれを必要とする患者を是々非々で判断して、慎重に適応を決定すべき段階だろうと考えています。今日は「バランス食」という概念の運用について、注意すべき事柄について述べたいと思います。

栄養士さんのセミナーを主催していて、いつも感じるのが『バランス食』という「自文化中心主義」です(自文化中心主義:人は自分が生まれ育った文化の影響を強く受けていて、それが一番良いと考え、異なった文化の考え方を否定的に判断したり、低く評価してしまうこと)。「糖尿病患者は栄養バランスの良い食事をしなければいけない」「バランスの悪い食事をしていると病気になる」といった考え方です。それは至極正当な考え方だし、それが間違いであるとは言いません。しかし、「食品交換表が根強く広まっている我が国で教育を受けた医療者は「『栄養バランスが一番重要である』という自文化に強く拘束されているという自覚」をもつことは必要だろうと思います。

「カーボカウント」で講演すると、必ず質問でやり玉に上がるのが「糖質制限食」です。「糖質制限食をやっていて、医療者の言うことを聞かない患者をどのように扱ったら良いか?」というお決まりの質問です。正直に言えば、「これに対する正解はない!個々に対応していくしかありませんよ」と本当は言いたいのです。しかし、それでは“とりつく島がない”と言われてしまう。だから、仕方ないので実例を挙げながら説明をします。彼らは[1+1=2]といった明確な正解を求めているのです(厳密に言えば正解はなくても、ここは教育研修会という場なのでNHK的な回答が求められるのです)。

「CKD3B〜5期は禁忌だからダメ!と言ってください。持続性蛋白尿やCKD3Aあたりの扱いが難しいですね。こういうステージの患者は全体をみて、判断することが求められます。例えば、僕の患者でBMI 30前後の持続性蛋白尿の患者で、eGFR 50〜60程度の独身男性患者がいます。Big stomachをもった24時間勤務のガードマンで、A1cがなかなか改善しませんでした。ところが最近、急にA1cが改善して、久しぶりに6%台になりました。体重も5kg減少。『頑張っているね!』と声をかけると、『実は糖質制限食を少しやってます』(とは言っても夕食と朝食中心の糖質制限で昼食は無理)と。『君は持続性蛋白尿があって、腎機能も少し低下しているから注意が必要だよ』と伝えました。しかし彼はA1c6%となり、体重も減って、以前より明らかに自信を取り戻し、明るくなっています。『あなたなら、この患者に対して、どのような指導をしますか?』と質問者に逆に聞き返します。肥満、高血圧、脂質異常症とCKD、CVDハイリスク患者なのですから、トータルリスクマネージメントが求められます。全体を見て、個々に対応するしかありませんよね。僕は彼を注意深く診ていますが、今のところ良い状態が続いています」と答えることにしています。

栄養士さんの中には糖質制限食を行うこと自体を強く問題視する人もいます。そういう人には次のような説明を行います。

「極端な糖質制限食で明らかに心が病んでいる人は止めさせた方が良いでしょう。でも、反対に喜々としてやっている人たちもいます。彼らは大抵素晴らしい血糖コントロールを維持しています。そうであれば継続させたら良いのではないですか?彼らと口論しても、なんの益もないでしょう?僕はSNWでのやりとりから「喜々として糖質制限食をやれている人たちは僕たちとは異なった文化圏を生きている人たちだと気づきました。彼らには僕たちのロジックは決して理解されません。ちょうど『エネルギー制限食派と糖質制限食派が決して理解し合えないように』。文化が異なると相互の文脈はまったく理解し合えなくなるのです」。

でも、ひとつだけ良い解決方法があります!知りたいと思いますか?それは『私たち医療者が、彼らの異文化を理解しようと努力することです』。そして、それが理解できると、不思議なことが起こります。彼らの考えや行動に変化が起こるのです。どういう変化が起こるか?それはぜひご自身で体験してみてください」と。

糖質制限食をひどく問題視する文脈は「バランス食」という自文化中心主義に端を発していないかどうか、自問自答する必要があるのではないかと考えます。「エネルギー制限食 vs 糖質制限食」は臨床疫学的研究報告においても、意見が分かれるくらい科学的には微妙な論争です。「糖質制限食=危険」といった短絡思考ではなく、患者全体を見て、何がベストか?を考えることの方が遥かに重要です。まぁ、大変難しい問題ですが・・・。

■最後に
このように文章にしてみて気づくことは、糖質制限食の一番の問題点は「禁忌条項をどこからどこまでに設定するべきか?」という問いに対する正解が存在しないことではないか?と思えてきます。それ故、糖質制限食が日本糖尿病学会において、正式な栄養療法として認定されるまでにはまだもう少し時間がかかるだろうと考えています。もちろん、糖質制限食を強く推奨する専門家もおられます。しかし、他に有効な方法がない場合に限り、例外的に適応すると考える医師が体勢だと思います。糖質制限食に対する明確な指針が早く確立され、長期的安全性が保証される日が来ることを待ちたいと思います。

 

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