病態を配慮した糖尿病食事指導:関係性促進モデルに基づく実践例

糖尿病診療における食事療法の意義は以下の2点です。第1に「食事療法は、患者のQOLにもっとも貢献する大切な治療である」、第2に「患者の食事に誠心誠意向き合うことは、糖尿病診療における医師—患者関係の要である」。つまり、食事指導にとってもっとも重要なことは「知識」ではなく、「患者に対するスタンス」なのだと私は考えます。つまり食事指導を、医師が“糖尿病療養指導に不可欠な基本的な構え”を身につけるための訓練の場と捉えてみてはどうでしょうか?食事指導には糖尿病療養指導において求められるすべての要素が含まれています。それ故、食事指導を上手にできるようになった医師はそれだけで良好な医師—患者関係を築くことができるようになったと言えます。食事指導では、なによりも患者がどのような食事を望んでいるかを理解し、共感することがもっとも重要なエッセンスとなります。糖尿病療養指導の極意をひと言で表現するなら「いかに『医学の言語』を『生活の言語』に翻訳するか」にかかっているといえます。

以下に日常診療によくありそうな医師と患者の対話の【失敗例】と【成功例】を例に、食事指導のコツを説明してみたいと思います。

【失敗例(会話)】

医師「なかなかA1c値が改善しませんね。食べ過ぎてはいませんか?」

患者「いえ、ご指示通り、腹八分で我慢しているので、いつもお腹が空いています」(ムッとして)

医師「食べる量を抑えているつもりで、実はカロリーオーバーしていることは考えられませんか?」

患者「好きな酒も我慢していますし、女房は肉や揚げ物も食わせてくれません」

医師「今、晩酌はどれくらい飲んでいますか?」

患者「毎晩、薄い焼酎を2杯、休肝日も2日つくっています。結構辛いですよ」(不服そうな顔)

医師「そうですか?それじゃぁ、間食についてはどうですか?」

患者「たまに煎餅を食べる程度です!」(うんざりという表情)

医師「それじゃぁ、今度1800kcalの栄養指導を受けてみてください」

患者「栄養指導なら、昔受けたから分かっていますが・・・」(眉間にしわが寄る)

医師「A1c値が改善しないのですから、きっと栄養指導で改善する余地があるはずです」

患者「・・・」(無言のまま渋々頷く)

【何が良くないのか?を振り返る】

この医師の一番いけないところは、まるで法廷における検事のように、一方的に患者を詰問していることだと思います。これでは患者は ”針のむしろ” に座らされているも同然です。このような「教える−教わる」「指示する−従う」という上下関係からなる医師−患者関係は患者の満足度が低く、医師にとっても患者にとっても苦痛ばかりで、益が少ないのです。患者の満足度を高め、遵守率を高めるためには【相互作用】を促進するような対話を工夫する必要があります。相互作用を促進するコツは「私はあなたのことについて何も知らないから教えて欲しい」という姿勢を稽古して身につけることです。そうすると、どうなるか?といえば、楽しい対話が生まれるのです。食事指導の効果は、医師−患者間の透明性が担保されていてこそ発揮されるもの。だから、「患者が何でも言える関係を構築すること」が理想です。我が国ではエネルギー制限食指導が主流ですが、最近はこれに糖質制限食が加わって大論争となりましたね。しかし、これら2つの食事療法はどちらもリサーチワールドの話であることに注意が必要です。リアルワールドでもっとも効果を発揮し、医師も患者もハッピーになれる食事指導がカーボカウントなのです。

【NGワードとその解説】

●「A1cが改善しないということは、あなたの側に何らかの原因があるはずです」

多くの医療者は「A1c高値=患者のノンコンプライアンス」という安易な思い込みをしがちです。A1cが改善しない理由をすべて患者側の責任に転嫁する医療者の姿勢は、医師−患者関係を大きく損なうので注意が必要です。A1cが改善しない理由は患者の食事管理、服薬コンプライアンスだけではなく、「患者の病態と処方内容のミスマッチ」の可能性も疑わなければなりません。医療者と患者が信じ合うことによって、患者に「頑張ってみようかな?」という気持ちが芽生え、治療を前向きに進めることができるということは糖尿病療養指導の初歩的な原則です。

●「カロリーを控え、肉を減らし、沢山の野菜を摂り、塩分を控え、ゆっくり噛むことです」

百科事典から抜粋したような指導は患者の心に響きません。患者の立場からすれば、このような当たり前の指導は言われなくても分かっていることなのです。むしろ、分かっているのにできなくて困っている患者の偽らざる心境を聴きだし、実行可能な妥協案を提示していくことが求められます。

●痩せ型患者に対しても一律にエネルギー制限食指導はNG!

エネルギー制限や脂質制限は肥満者に対して行い、非肥満者には糖質管理の重要性を強調する。医師が患者の病態や食の嗜好性に配慮することの重要性は益々高まっています。

●カーボカウントと糖質制限食は違う!糖質制限食と混同されないように注意する。

カーボカウントは栄養バランスを重視し、対エネルギー比50〜60%の糖質比率で、1日糖質摂取量と1食の糖質摂取量を明確に指導するもので、1日130g未満の糖質制限食とはまったく異なりますので、基礎カーボカウント指導を行う際には「糖質制限食」と勘違いされないように注意が必要です。1食60〜90gの基礎カーボカウントは血糖管理にきわめて有効です。

●「食べ過ぎてはいませんか?」はNG!

誰でも美味しい料理はついつい食べ過ぎてしまうもの。なぜ糖尿病患者にばかり厳しい食事管理を要求するのでしょうか?そもそも食べ過ぎは必ずしも高血糖をもたらしません。「カロリー管理」と「糖質管理」の意義を分かりやすく説明し、なるべく血糖値を上げずに美味しく料理を食べるコツを指導する(カーボカウント)方が患者の遵守率を高め、なにより医師−患者関係に大きな変化をもたらします。医師が「カロリー制限」という御旗を下ろすだけで、患者は驚くほど率直に食事について語してくれるようになるものです。

●「糖尿病患者は禁酒するべきだが、それが無理なら休肝日を設けるべきです」

これも「医療者の観点(健康を最優先すべきである)」を一方的に押し付ける言葉です。まず患者が何を求めているのかを尋ねてみる。そして、患者目線に合わせた改善方法を患者と共に考えることが大切です。

【成功例(会話)】(必ず言って欲しいフレーズにアンダーラインを挿入)

医師「糖尿病は患者さんが自分で管理していく病気です。だから、患者さんが幸福と感じられるような治療計画を協力して見つけたいと思っています。例えば、お酒はこれくらい飲みたい。営業職なので接待も多い。でも子供が小さいのでA1c<7%をめざしたいという方もいます。こんな方には複数のお薬を使って、その方の希望を叶えます。一方、A1c>8%であっても、お薬には頼りたくないので、大好きなケーキも和菓子も止め、お酒も止め、朝晩1時間散歩をします。だからお薬なしで頑張りたいという方もいます。こんな健気な方は食事療法だけで治療を始めます。このように患者さんひとり一人の希望を尊重しないと、この病気の治療はうまくいかないのです

患者「なるほど!先生にそう言っていただけると嬉しいですね」(ホッとした表情) 医師「私にとっては、患者さんが幸福を感じられるかどうかが一番重要です。患者さんの希望を積極的に取り入れ、その希望と血糖管理をどうやって両立させていくかを考えていくのが糖尿病外来の仕事だと思っています」

患者「とても有り難いです」(嬉しそうに)

医師「晩酌はどれくらいお飲みになりたいですか?」

患者「今までの先生は、酒は絶対ダメだっていうご指導でしたが、正直ほとんど毎晩飲んでいました。 やっぱり1日働いて帰ったら晩酌することが唯一の楽しみですからね。これをダメと言われたらちょっと辛いですよ。缶ビール1本と焼酎1合くらいは飲みたいですけど、ちょっと多すぎますかねぇ?」

医師「ビール500mL、酒1合、ワインで2杯くらいが適量と言われていますけれど、やっぱりビールと焼酎の両方が飲みたいんですね?」

患者「はぁ、どちらか一方だけというのは正直、ちょっと辛いですねぇ」(照れくさそうに)

医師「そうですか?まぁ、良いでしょう!肝機能も正常、中性脂肪も尿酸値も正常ですから、とりあえず晩酌はご希望通りでいきましょう!」

患者「有り難うございます!その代わり、食事には注意したいと思います」(満面笑顔)

【エビデンスを踏まえた解説】:食事療法の情報が錯綜した今こそ、食事指導には中立的で、丁寧な説明が求められる

近年、我が国では糖尿病食事療法をめぐる議論が白熱している。従来の食品交換表による指導は「血糖管理という視点が希薄」「病態や患者背景を考慮しない画一的な指導法である」といった問題点が指摘され、厳格な血糖管理を求める医療者からも患者からも、何らかの変革が求められていた。こうした状況の中で『糖質制限食』と呼ばれる食事療法が脚光を浴びるようになり1)2)、「栄養バランスにおける炭水化物の適正比率」に関する議論が始まりました。こうした情報が錯綜した時代に、どのように糖尿病食事療法を語るかは非常に難しい課題です。このような時代には従来のような画一的な食事指導は好ましくなく、患者の病態や食の嗜好性に配慮した丁寧な説明が求められる。

日常診療における食事指導は「患者の病態」に基づいて、食事のポイントを分かりやすく説明することである。そのためにはまず糖尿病は「インスリンの需要と供給のアンバランス」から発症することを説明し、肥満による[インスリン需要↑↑/インスリン供給→]を呈する【メタボ型糖尿病】では、減量をめざすことが重要であり、エネルギーを適切に管理し、脂質はなるべく肉よりも魚から摂り、蛋白質には豆腐などの植物性蛋白質を積極的に取り入れることの大切さを強調し、また運動を奨励します。一方、[インスリン供給↓↓/インスリン需要→]を呈する【インスリン分泌低下型糖尿病】では、炭水化物の1回量を一定に保つことの重要性を強調し、1日の糖質量(対エネルギー比率50〜60%)、1食の糖質量を明確に指示し(表)、主食、澱粉野菜、果物の1食量を具体的に指示する基礎カーボカウント指導を行うことが重要である。なお糖質制限食については長期的な安全性や腎症合併例に対する安全性が担保されていない3)4)5)6)などの理由により、現時点では推奨されていません7)。初診患者に対する食事療法の説明は[高血糖の改善/糖質管理][肥満の改善/カロリー管理][脂質異常の改善/飽和脂肪の管理]の3つの目的別に説明し(図)、カーボカウントは必須教科だが、エネルギー管理と飽和脂肪管理は選択教科であり、患者の必要に応じて指導すると伝えた方が、患者にとって分かりやすいと思います。2型糖尿病におけるカーボカウントの意義、指導の実際については、今秋上梓予定の拙著を参照していただけたら幸いです8)。

【まとめ】

●食事指導は医療者の観点を押し付けるのではなく、まず患者の気持ちを十分に聴く。ここで患者の好きなもの(酒、料理など)を話題に盛り上がることができたら、間違いなく指導は成功します!

●患者の病態に合わせた指導を分かりやすく伝える。例えば、肥満者はご飯を抜いてステーキでは益々太ってしまうからNG、痩せ型患者に対して一律にエネルギー制限を押し付けるのもNG!

●カーボカウントには1食の糖質量を一定にする基礎カーボカウントと食事に含まれる糖質量に合わせて追加インスリン投与量を調節する応用カーボカウントがあり、基礎カーボカウントはすべての糖尿病患者が対象となります。

●カーボカウント指導の際のエネルギー指示量は「制限」ではなく「適正な管理」が望ましく、従って標準体重×30から求める方法は適していません。筆者は基礎代謝量(年齢別基礎代謝率×身体活動レベル)を用いて算出し、これにBMIや過去の食事歴から修正を加えて決定し、これに基づいて1日糖質摂取量、1食糖質摂取量を決定しています。

●基礎カーボカウント指導と同時にSMBGを導入し、食後血糖目標値を設定することで、従来の指導に欠けていた「血糖管理という視点」を強化することができます。

 

【参考文献】

1) Shai I, Schwarzfuchs D, Henkin Y et al.:Weight loss with a low-carbohydrate, Mediterranean, or low-fat diet. New Engl J Med 359: 229〜241,2008

2) Schwarzfuchs D, Golan R, Shai I et al.: Four-year follow-up after two-year dietary interventions. N Engl J Med 367:1373-1374, 2012

3)Bradley U, Spence M, Courtney H et.al:Low-Fat versus Low-Carbohydrate Weight Reduction Diets. Effects on Weight Loss,Insulin Resistance, and Cardiovascular Risk: A Randomized Control Trial. DIABETES 58: 2741-2748,2009

4)Fung TT, van Dam RM, Hankinson SE, et al.:Low-Carbohydrate Diet and All-cause and Cause-Specific Mortality. Two Cohort Studies. Annals of Internal Medicine 153: 289-298,2010

5)Lagiou P, Sven Sandin, Marie Lof,et al:Low carbohydrate-high protein diet and incidence of cardiovascular diseases in Swedish women: prospective cohort study, BMJ 344: e4026, 2012

6) Noto H, Goto A, Noda M, et al.:Low-Carbohydrate Diets and All-Cause Mortality: A Systematic Review and Meta-Analysis of Observational Studies. PLoS ONE8(1): e55030. 2013

7)日本糖尿病学会PRESS RELEASE:日本人の糖尿病の食事療法に関する日本糖尿病学会の提言 ~糖尿病における食事療法の現状と課題〜,日本糖尿病学会ホームページ(2013,03.18)

8)杉本正毅:第1部1章2型糖尿病におけるカーボカウントの意義(血糖管理強化、遵守率改善、個別化栄養療法に向けた取り組み)、杉本正毅編、2型糖尿病のためのカーボカウント実践ガイド:食品交換表とカーボカウントの連携促進をめざす、医薬ジャーナル社、2013(In press)

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