基礎カーボカウントは薬物療法の最適化とセットで考えるツール

糖尿病食事療法について、我が国では「原則エネルギー制限」と記載されている本が多い。そして、少数派として「カーボカウント」と「糖質制限食」が記載されている。「糖質制限食」の主張が明確で分かりやすいのに対して、「カーボカウント」は執筆者によって、その実践はさまざまで曖昧であるが、以下の3つを挙げることができる。

1)応用カーボカウント、2)食品交換表に準拠したカーボカウント、3)基礎カーボカウント

1型糖尿病患者に対する「応用カーボカウント」は欧米のテキストに準拠しており、1カーボ 10g or 15gの2つの方式があるものの、その実践は欧米のそれと同一である。

次に多いのが「食品交換表に準拠したカーボカウント」であるが、これは食品交換表に準拠した方法であるので、エネルギー管理を前提としたカーボカウントであり、従って、1食の糖質量を一定にするという「基礎カーボカウント」とは大きく異なり、実践的な有用性がきわめて低い。つまり、本質がエネルギー制限食である訳なので、エネルギー制限食の遵守率の低さを担保するというカーボカウントの意義は著しく損なわれてしまっている。そして、第3のカーボカウントが、筆者の主張する「基礎カーボカウント」である。

■基礎カーボカウントとは

エネルギーは[標準体重]×[基礎代謝値]×身体活動指数で求め、患者のBMIや自己管理能力、患者の食文化などを考慮して決定する。そして、このエネルギーから炭水化物比率 50〜60%で[1日の糖質量]を決定し、1食の糖質量を厳格に守ることができるように指導していく。

■基礎カーボカウント指導は「自己決定理論」に立っている。

この際、患者の遵守率を最大にするため、患者の食文化への接近を試み、炭水化物比率は40〜65%程度の範囲で妥協点を求める。すなわち、特定の食事療法のエビデンスに固執することなく、目の前の患者の遵守率が最大となるように柔軟に炭水化物比率を求め、これを支持するエビデンスを用いながら、安全な食事管理の実践を支援する。つまり、医師ー患者関係のスタンスとしては「コントロール理論」ではなく、「自己決定理論」(エンパワーメント・アプローチ)」の立場を取っている。このことが、エネルギー制限食や糖質制限食のように「エビデンス」を重視する食事管理法と大きく異なる。

■基礎カーボカウントを活用する理由

基礎カーボカウントを活用することで、以下のようなメリットが生まれ、薬物療法の最適化プログラムに活用することができる。つまり、患者が遵守しやすい炭水化物比率の基礎カーボカウントと薬物療法最適化プログラムを組み合わせることで、良質な血糖管理を実現することが可能となる。

■薬物療法最適化プログラムによって実現できるテーラーメイド薬物療法

基礎カーボカウントと薬物療法最適化プログラムを活用することで、患者は医師と協力しながら、薬物療法の決定に『参加』することができる。

■最後に

以上、述べたように「基礎カーボカウント」は特定の食事療法(エネルギー制限食、糖質制限食)の遵守を求める立場ではなく、患者の食文化、能力、希望を尊重しながら、柔軟な炭水化物比率に基づく基礎カーボカウントと薬物療法最適化プログラムを組み合わせる柔軟で現実的な実践スタイルと言える。「1型糖尿病にとって、応用カーボカウントがインスリン療法の一部である」ように、「基礎カーボカウントは、2型糖尿病の薬物療法の一部である」ことがご理解いただけたと思う。

日本の糖尿病食事療法をイノベーションする!

数日前、Facebookに投稿した記事なのですが、こちらでも紹介させていただきます。

■なぜ日本の糖尿病食事療法は食品交換表にがんじがらめなのだろうか?

若年2型糖尿病を発症してから、管理栄養士になろうと決心し、現在専門学校に通う青年がいる。栄養士をめざす決心をする前、かれは一時期、糖質制限食に取り組んでいた時期があったが、今は糖尿病患者の模範となるべく、栄養学を学んでいる。

最近、彼と以下のような対話をした。

Pt:今、食品交換表を毎日習っています。

僕:日本のDM食事療法は、食品交換表にがんじがらめだと感じないかい?

Pt:え〜、そうですね。

僕:米国では、科学的な根拠を尊重しながらも、個人の文化や希望、能力などによって、柔軟な指導を展開しているのに、日本は交換表一点張り。それは多分、米国が多民族国家であるからではないかと思う。白人、黒人、ヒスパニック、アジアなど色々だし、経済格差、教育格差も大きい。だから、科学的根拠を縦糸に、文化的な配慮を横糸にして、両者を編み上げているのだと思う。日本は、それぞれの患者の病態に合わせた指導すらできていない。だから、君には基礎カーボカウントをしっかりとマスターしてもらいたいと思っている。

といって、拙著2型糖尿病のためのカーボカウント実践ガイド:食品交換表とカーボカウント』(医薬ジャーナル社)を紹介させていただいた(*^_^*)。

 病態に基づく糖尿病食事指導は以下のようなスライドで紹介している。


『生活習慣病パラダイム』に対抗できる説得力のあるバランス食の文脈を見つけたい

今日は暖かな素晴らしい週末です。バランス食について感じる雑感を書いてみます。

■生活習慣病パラダイム

最初に浮ヶ谷幸代著『病気だけれど病気でない:糖尿病者の生きる生活世界』から、以下を引用します。

1996年、当時の厚生省が『成人病』に代わる呼称として提唱した。 「生活習慣病」の原因は、「さまざまな危険因子」(環境要因、遺伝因子、生活習慣など)であり、従って、治療は「これらの危険因子を減らす」こととなる。「生活習慣病」の危険因子は多重に存在しているにもかかわらず、臨床では医学的にコントロールできる、しかも患者の努力の範囲内でコントロールできるものとして『個人の生活習慣』が位置づけられた。ここに『セルフ・コントロール』という神話が要請されたのである。

この生活習慣病という概念は我が国に広く浸透し、社会に深く浸透し、大きな社会的言説を形成し、医療者の大きな物語となっています。そして、いつの間にか医療現場では「病気の原因は、あなたの悪い生活習慣ですよ」という新たな病因論を生み出しました。病院によっては、なんと「糖尿病教室」でこの説明モデルを用いている処もあるようです。私の糖尿病外来には定期的に看護学部の学生の見学者が訪れます。私は毎回、彼らの実習レポートを読み、コメントを書きます。学生の書いたレポートの中にも、しばしばこの『生活習慣病パラダイム』を垣間見ることになります。それはこんな表現となります。 Continue reading

『バランス食』という自文化中心主義に自覚的になる

はじめにことわっておきたいのですが、私の希望は「我が国の糖尿病患者に対して、実現可能なエネルギー制限食以外の選択肢を与えること」であり、それ故、カーボカウントの普及を強く推進しています。糖質制限食に対しては賛成も反対もしていません。糖質制限食はそれを必要とする患者を是々非々で判断して、慎重に適応を決定すべき段階だろうと考えています。今日は「バランス食」という概念の運用について、注意すべき事柄について述べたいと思います。

栄養士さんのセミナーを主催していて、いつも感じるのが『バランス食』という「自文化中心主義」です(自文化中心主義:人は自分が生まれ育った文化の影響を強く受けていて、それが一番良いと考え、異なった文化の考え方を否定的に判断したり、低く評価してしまうこと)。「糖尿病患者は栄養バランスの良い食事をしなければいけない」「バランスの悪い食事をしていると病気になる」といった考え方です。それは至極正当な考え方だし、それが間違いであるとは言いません。しかし、「食品交換表が根強く広まっている我が国で教育を受けた医療者は「『栄養バランスが一番重要である』という自文化に強く拘束されているという自覚」をもつことは必要だろうと思います。 Continue reading

2型糖尿病患者のためのカーボカウントの意義

皆さん、こんにちわ!研究会代表を務める杉本正毅です。今日は3月2日、快晴の土曜日です。

私たちカーボカウント研究会は2011年4月から都内の管理栄養士、ナースなどが中心となって、毎月1年半に亘って、主に2型糖尿病のためのカーボカウントの実践について、発表し、討論を重ねてきました。そして、その成果を2013年に『2型糖尿病のためのカーボカウント実践ガイド:食品交換表とカーボカウントの連携を促進する』(医薬ジャーナル社)として今夏以降(8〜9月頃を予定)に上梓する予定です。現在まで、その出版の準備のため、研究会活動を休止してきました。しかし、4月14日(日)から再開する予定です。

今日は、今年出版予定の著書(編者:杉本正毅)の概要を少しだけご紹介したいと思います。これを読んでいただくと、私たちが考える糖尿病栄養療法の骨子をご理解いただけるものと思います。現在、私はこの著書に著したカーボカウントの実践方法を全国さまざまな処で講演しています。実は本日も「関東信越国立管理栄養士協議会研修会」でお話しする予定です(国立国際医療研究センター5階大会議室)。

それでは、今日の研修会で配付する資料の一部を、以下にご紹介します。

講演タイトル:カーボカウントと食品交換表の連携を促進する:基礎カーボ指導の重要性に着目することで拡がる新しい栄養療法の可能性

東京衛生病院糖尿病内科 杉本正毅

【講演要旨】

最近の2型糖尿病治療における最大のパラダイムシフトはインクレチン関連薬の臨床応用によって、もたらされている。同様に、この数年間における糖尿病栄養療法に関する言説の変化はインクレチン関連薬によってもたらされた変化に匹敵するほど、いやそれ以上の激変であると言っても過言ではないだろう。

我が国にこうした大きな変化がもたらされた背景を考えてみることは、これからの糖尿病栄養療法の在り方を議論する上で、大変意義深いと思われる。そこで以下に、演者の個人的な見解を述べてみたい。

第1に挙げられるのは『糖質制限食』と呼ばれる栄養療法の登場である。この栄養療法が、我が国にこれほどに大きな影響を与えた主な理由、それは我が国では、欧米に比べてきわめて「画一的栄養指導」(もう少し正確に言えば、「画一的な栄養指導であると患者に受け止められていた」)が行われていたからではないか?と演者は考えている。糖質制限食は従来の栄養指導に満足できない人たちの間に、主にインターネットを介して急速に普及した。糖質制限食が急速に普及したという事実から、演者は従来の栄養指導における2つの課題を指摘したい。1つは「血糖管理という視点が希薄であったこと」、2つめは「病態や患者背景を考慮しない画一的な指導法であったこと」である。糖質制限食が急速な拡がりを見せるに至った結果、ようやく我が国の糖尿病専門家文化圏においても、「栄養バランスにおける炭水化物の適正比率」に関する議論が始まったと言っても過言ではないだろう。

ここ数年間の栄養療法における議論は「エネルギー制限食 vs 糖質制限食」、もっと率直な表現をするなら、「糖質制限食は是か非か?」という、互いに認め合うことの少ない不毛の議論であった。この対立の構図は「エネルギー制限と栄養バランス(糖質制限)のどちらを優先すべきか?」という議論に置き換えることもできるだろう。このように言い換えてみると、その解は明白で、「それは患者の病態によって異なるはず」という至極当然な結論に帰着する。それ故、演者は「糖質制限食は是か非か?」という命題の代わりに、「エネルギー制限食とカーボカウントをどのように使い分けたら良いのか?」という命題を提案したい。すなわち、 ①エネルギー制限食を希望しない患者に対する代替案として、どのようにカーボカウント指導を取り入れたら良いのか? ②エネルギー制限よりも基礎カーボカウント(1食に摂る糖質量を一定にする指導)を優先した方が良い患者とはどのような患者か?その具体的な指導方法は? ③極端な糖質制限を行っても問題が生じないようにするためにはどうすれば良いのか? Continue reading