■「僕はたとえ糖尿病であっても美味しい食事を続けて欲しいと思っているので、カロリー制限という考え方が嫌いです」
カロリーや栄養バランスに縛られず、糖尿病患者さんの「美味しい」と健康を支援したい。それは僕が昔からずっと考えていたことでした。1993年、1型糖尿病患者さんを対象としたDCCT研究で、強化治療群の患者さんの食事指導にカーボカウントが採用され、その有効性が世界ではじめて証明されました。その報告を知ったとき、僕は「これまでずっと糖尿病患者さんを苦しめてきたカロリー制限という呪縛からようやく患者さんを解放することができる」と小躍りしました。このコラムでは日本ではなかなか普及しない基礎カーボカウントを活用して、2型糖尿病患者さんの「美味しい」と血糖管理の両立をめざした食事指導の実際について解説したいと思います。
■まず「基礎カーボカウント」をマスターする
僕の糖尿病食事指導に対する信念は「患者さんの『自己決定』を尊重し、実行可能な食事計画を立てること」です。このため「患者さんの嗜好、食文化に合っていて、長く続けられる食事管理法を、患者さんと協力して決めること」にこだわっています。患者さんの価値観を大切にするためにはまず医師自身が自分の価値観を患者さんに表明することが大切だと考えています。そこで、例えばいかにもカロリー制限という呪縛に囚われているように見える患者さんには思い切って「僕はたとえ糖尿病であっても患者さんには美味しい食事を続けて欲しいと思っていますので、普通の医師と違って『カロリー制限』という考え方が嫌いなんです。だから、もしもあなたが『俺はカロリー制限でなきゃイヤだ』という考えの持ち主なら、他の医師にかかることをお勧めします」と伝えてみます。そんなとき、多くの患者さんがホッとした笑顔を見せてくれます。こうした僕の方針にとって欠かせない食事指導法が『基礎カーボカウント法』です。米国では1994年以降、基礎カーボカウント法が糖尿病患者に対する標準的な食事管理法として推奨されています。ところが日本では不思議なことに『基礎カーボカウント法』がなかなか採用されず、カロリー制限食という指導法を長年推奨してきたという歴史があります。
それでは以下に『基礎カーボカウント指導』の要点を説明します。日本で流行している糖質制限食とはまったく異なるので、誤解しないように注意して下さいね。
① まず3大栄養素である炭水化物、たんぱく質、脂質がそれぞれ血糖値にどのように影響するのかを詳しく説明します。
② 食後血糖値は主にその食事に含まれる炭水化物量で決まることを説明します。
③ このとき同時に高脂肪食(天麩羅、ミックスフライなど)では食後高血糖が遷延するので、食後血糖値を制御する基礎カーボカウント法の効果が現れにくいことも説明します。
④ 次にプレート法を用いて、栄養バランスについて説明します。
⑤ そして、1日のカロリーと炭水化物量を示し、1食に摂る炭水化物量を示します。
⑥ 続いて「炭水化物早見表」を渡して、主な食品の炭水化物量を示し、その患者さんの主食量を具体的に示します。
⑦ 最後に「糖質制限食」との違いを説明します。
糖質制限食は血糖値が上がらないように炭水化物摂取量を1日130g未満まで制限し、カロリーや脂質、たんぱく質の摂取量には一切規定がありません。これに対して、基礎カーボカウントは1日に摂る総カロリーとそれに占める炭水化物比率を示したうえで、「1食に食べる炭水化物量を一定にし、1日の炭水化物摂取量を守ること」です。つまり、1食の炭水化物摂取量を固定(Fix)することであり、制限することを求めません。
⑧ カロリー計算を求めない
僕は基礎カーボカウント指導の際、患者さんに「カロリー計算」を求めません。その理由はカロリー計算とカーボカウントを同時に行うことは非常に煩雑で、実践が容易という基礎カーボカウントのメリットが損なわれること、さらに実際のところ、1食に摂る炭水化物量を固定し、1日の炭水化物摂取量を定める基礎カーボカウントではカロリー計算をしなくても、カロリーオーバーで失敗する人は少ないという理由によります。
<指導例>
もっとも標準的な指導は1日2000kcal、炭水化物50%(250g/日)で、もしも患者さんが1日1回おやつを食べたいという希望を持っている場合は
朝食70g、昼食80g、スナック30g、夕食70g
もしも、1日2回おやつを食べる習慣を持っている患者さんなら、以下の様になります。
朝食70g、スナック 20g、昼食 70g、スナック20g、夕食 70g
患者さんは基礎カーボカウントを守りながら、その中で自分らしい食生活の実践に努力します。しかし、中にはもう少しご飯など炭水化物をたくさん食べたいという人もいます。そんなときには1日の炭水化物量と1食の炭水化物量を変更し、それに合わせて、食後血糖値を下げる薬を調整することで、患者さんの食べたい食事と血糖管理の両立を図ります。
■基礎カーボカウントをマスターしたら、薬物療法最適化プログラムで処方の最適化を図る
多くの患者さんは基礎カーボカウントをマスターすることで良好な血糖管理を手に入れることができます。しかし、中には基礎カーボカウントをマスターしても、なかなか希望するような血糖管理が得られない患者さんがいます。特に罹病期間が長い患者さんでは「インスリン分泌低下」、「インスリン抵抗性」、「不規則な生活」などが複雑に絡み合って、なかなか良好な血糖管理を実現できません。そんなとき、その患者さんに最適な薬物療法を見つける方法が『薬物療法最適化プログラム』(図)です。
『薬物療法最適化プログラム』とは3日間・計9食の食事記録から血糖パターンを明らかにして、その患者さんに最適な処方を見つける方法です。患者さんは食事記録と血糖測定記録をもって来院し、管理栄養士の指導を受けます。管理栄養士は1食の炭水化物摂取量と1日の炭水化物摂取量が守られているかどうかを確認し、食事に由来する高血糖(糖質過剰摂取)や低血糖(糖質摂取不足)があれば、その是正のためのアドバイスを行います。このように患者さんは毎回、基礎カーボカウントができるようになるまで、管理栄養士による指導を受けます。そして食事に由来する高血糖や低血糖がみられなくなったら、医師はいよいよ「血糖パターン管理に基づく処方最適化」へ進むことができる訳です。
■あなたは食前高血糖型、それとも食後高血糖型?
3日間9食の食事記録と自己血糖測定(1日7回×3日間)の結果から血糖パターン、すなわち「空腹時高血糖型(食前高血糖型)」と「食後高血糖型」を把握します(図1)。
以下のケース(図2-A)は一定の血糖パターンを呈していないので「混合型」と呼びます。これは患者さんが食前血糖値を見て、高ければ糖質を制限し、低ければ爆食している結果です。このような患者さんが「基礎カーボカウント」をマスターすると、まったく別人のような血糖パターンを呈することがあります(図2-B)。このように基礎カーボカウントは血糖値の秩序を回復させ、その患者さんに最適な処方が何かを明らかにしてくれるツールであることが分かります。
■血糖パターンによる薬物療法最適化の実際
すべての薬剤は「主に食前血糖値を改善する薬剤」と「主に食後血糖値を改善する薬剤」に分類することができます(図3-A)。本プログラムは得られた血糖パターンに基づいて、その患者に最適な薬剤を決定するツールです。血糖パターンで表されることで、複雑と思われた患者の病態が見事なまでに単純化できることが分かります。
図3-Bに最適化の方法を示します。「空腹時(食前)高血糖型」であれば、空腹時血糖値改善薬のリストの中から、「食後高血糖型」であれば、食後血糖値改善薬のリストの中から選択します。図のような「薬剤一覧表」を患者さんに見せながら、それぞれの薬剤に関する情報を与えて、可能な限り患者さんが自分の頭で考えて、自分に最適な薬剤を選べるように支援します(決定共有アプローチ)。
このプログラムを実行することで、これまで食前血糖値改善薬しか処方していなかった患者さんの血糖パターンが実は「食後高血糖型」を呈することが判明し、医師が自らの処方の誤りに気づくこともあるので、医師にとっても教育的なツールと言えます。
■治療チームが『基礎カーボカウントの意義』と『決定共有アプローチ』というスタンスを共有する
薬物療法最適化プログラムは、患者さん個人の食生活や価値観などを尊重し、実行可能な食事指導をめざす基礎カーボカウントとセットで行うことで、薬物療法を最適化するツールです。その実践には糖尿病治療チーム全員が『基礎カーボカウントの意義』と『決定共有アプローチ』というスタンスを共有していることが求められます。
皆さんもやってみませんか?