■人間ドック学会の提言が専門学会にもたらしたインパクト
2014年4月4日、日本人間ドック学会から「健康診断での基準値についての新しい基準値」が報道されました。これに対して、高血圧学会や動脈硬化学会から反論が発表されていますね。この論争を場外から眺めていると、なかなか興味深いです。健診基準値とそれに基づく生活習慣病予防指導の内容について、多くの疑問を感じていた僕にとって、人間ドック学会が硬直した保健指導の現場に一石を投じてくれたことを高く評価したいと思います。
日本動脈硬化学会の反論は理路整然としていて、ディベート大会であるなら、現時点では優勢に立っていると思います。しかし、「病気」予防を対象に、病人の疫学データを重視する専門学会の立場と健常者の健診の在り方を問う人間ドック学会の立場は根本的に異なります。すなわち、日本動脈硬化学会が「病人」を対象と考えているのに対して、人間ドック学会は「生活者」を対象と考えているのです。この差は大きいです!だから、お互いの主張を理解し合えるまで、議論を尽くすことは大きな意義があるものと感じています。そして、議論によって、お互いの行き過ぎた部分や不足している部分に気づくことを期待しています。
■「診察室」と「保健指導の場」がそれぞれ異なった基準値を掲げるメリット「診察室文化」と「健診文化」は本質的に異なります。「診察室」では『疾病予防、疾病治療』が中心に語られます。しかし「保健指導の現場」は『人生』を中心に語られる場であって欲しいと思います。身体的な健康だけを優先する保健指導は住民の健診受診率を低下させ、アウトカムの改善には繫がりません。それは「受診者が生活者である」という視点が欠如しているからです。
保健指導の現場は検査値異常から自分の人生を振り返る場であって欲しいのです。この国に豊かな文化を醸成していくためにも、各種専門学会は日本人間ドック学会を批判するだけでなく、この提言が生まれた背景について考えて欲しいと思います。専門学会と人間ドック学会が真摯な議論を深めることは、日本の医療文化を変革していく好機となるかも知れません。さらに、もしかしたら、2つの学会が異なった判断基準を掲げることで、患者(受診者)に対する異なったアプローチが生まれ、それが疾病のアウトカムや医療者や患者の意識、さらには医療者ー患者関係にもたらす変化を長期的に評価していくことによって、新たな視座を掴む可能性に開かれているような気がしています。