新しいA1c目標値に期待する:3段階の目標設定を「医師−患者関係」を変革する突破口としたい

2013年5月に発表された「熊本宣言2013」では画一的なA1c値の目標を廃し、個別に決定していくことをめざして、A1c<6%(血糖正常化をめざす際の目標)、A1c<7%(合併症予防のための目標)、A1c<8%(治療強化が困難な際の目標)と、3段階の分かりやすい値に設定された1)。

これまで我が国ではA1c目標値はきわめて画一的に決められ、「A1c値は7%未満であるべきだ」と一方的に治療者から患者に対して要求されている場合が多く、患者の大きな心理的な負担となっていた。そうした医師−患者関係の象徴が糖尿病治療ガイドに掲載されていた【優・良・可(不十分/不良)・不可】という血糖コントロール指標であった2)。こうした点を考慮すると、3段階のA1c目標値設定はまさに糖尿病診療における医師−患者関係の枠組みに変革をもたらす突破口になり得るほどの重要な改正であると、私は3段階の新目標値に大きな期待を寄せている。

ここで問われるのは「A1c値の目標設定を進める際の治療者の患者に対するスタンス」である。A1c値の個別化を進めていくためには患者の病態、社会的背景、動機づけの高さ、自己管理能力などを勘案することが求められる。さらにA1c値を6%ないし7%未満に維持することが患者にとって価値のあることであると理解してもらう必要があるし、A1c 8%未満を目標とすることが、長期的にみて安全で利益をもたらす決定であることを患者に理解してもらう必要がある。

それは医療者にとって、決して容易ではないはずである。そのためには患者の自己決定に対する敬意の念に基づく丁寧な説明が求められるはずである。そして、それこそが3段階の目標設定がめざす真髄であると私は考えている。

【参考文献】

1)日本糖尿病学会編、糖尿病治療ガイド2012-2013、p24〜25、東京、文光堂、2013
2)日本糖尿病学会編、糖尿病治療ガイド2012-2013、p25、東京、文光堂、2012

『カーボカウント』への道のりを振り返る

私とカーボカウントとの出会いから現在に至るまでの道程を振り返りながら、私がカーボカウントの普及に力を入れるようになった経緯について書いてみたいと思う。

●カーボカウントとの出会い

私がカーボカウントをはじめて知ったのは、多くの医師と同様、DCCT研究(Diabetes Control and Complications Trial)1)であった。DCCT研究とは、1983〜1993年にかけて米国およびカナダで行われた大規模臨床研究で、その内容は1型糖尿病患者を強化療法群(強化インスリン療法または持続皮下インスリン注入療法〔CSII〕)と従来療法群(当時の一般的な治療であった1日1〜2回のインスリン注射)に分けて、網膜症・腎症・神経障害の発症や進展予防が可能かどうかを調べたものであった。そして、強化治療群の指導ツールとしてカーボカウントが活用され、輝かしい成果を上げたという報告であった。筆者はこの報告によって、1型糖尿病患者に対するカーボカウントの有効性をはじめて知った。さらにその後、1994年米国糖尿病学会(ADA)がカーボカウントを正式な食事療法として認め、「個別化栄養療法」を宣言した2)。「個別化栄養療法」とは、「糖尿病患者の代謝は個々に異なるので、すべての患者に最適な栄養処方は存在しないという考えから、これまでの栄養勧告の中で必ず定義づけてきた炭水化物と脂質の比率を撤廃し、栄養バランスは患者毎に個別に決定すべきである」という提言である。これによって、カーボカウント指導の対象は1型糖尿病患者だけでなく、すべての糖尿病患者へと拡がった

●糖尿病エンパワーメント・アプローチとの出会い

その後、私は2001年医歯薬出版社から発刊された『糖尿病エンパワーメント』に出会った。 Continue reading

日本の食事療法を二者択一から三者択一の時代へ

2013年5月熊本で開催された日本糖尿病学会において、エネルギー制限食無効例に対して、糖質制限食(1食20〜40g、1日70〜130gの糖質制限)を行ったところ改善したという発表をm3.comがネット上に公開したところ、大きな話題になったと報じられていた。しかし、私はこのような記事を読むとなぜか気が重くなってしまう。なぜ一方がダメなら真反対に舵を切るのだろうか? 賛成、反対の二元論的な議論をする前に、もっと合理的な解決方法がないのかを議論して欲しいと思わずにはいられない。 食事は糖尿病患者にとって、もっとも大切なものである。 そのことを考慮した現実的な議論がなぜ生まれないのか? このように考えたとき、いつも私は以下のような結論に辿り着く。 「この国では食事と薬物療法を統合して議論する土俵がない」ということだ。食事のことを議論するときは「食事」だけ、薬物療法を議論するときは「薬」だけを議論し、それらが統合されることは決してない。「エネルギー制限食 vs 糖質制限食」という二元論的な議論は食事と薬物療法が表裏一体の関係にあることを忘れているように思われる。 Continue reading

病態を配慮した糖尿病食事指導:関係性促進モデルに基づく実践例

糖尿病診療における食事療法の意義は以下の2点です。第1に「食事療法は、患者のQOLにもっとも貢献する大切な治療である」、第2に「患者の食事に誠心誠意向き合うことは、糖尿病診療における医師—患者関係の要である」。つまり、食事指導にとってもっとも重要なことは「知識」ではなく、「患者に対するスタンス」なのだと私は考えます。つまり食事指導を、医師が“糖尿病療養指導に不可欠な基本的な構え”を身につけるための訓練の場と捉えてみてはどうでしょうか?食事指導には糖尿病療養指導において求められるすべての要素が含まれています。それ故、食事指導を上手にできるようになった医師はそれだけで良好な医師—患者関係を築くことができるようになったと言えます。食事指導では、なによりも患者がどのような食事を望んでいるかを理解し、共感することがもっとも重要なエッセンスとなります。糖尿病療養指導の極意をひと言で表現するなら「いかに『医学の言語』を『生活の言語』に翻訳するか」にかかっているといえます。

以下に日常診療によくありそうな医師と患者の対話の【失敗例】と【成功例】を例に、食事指導のコツを説明してみたいと思います。 Continue reading