病態を配慮した糖尿病食事指導:関係性促進モデルに基づく実践例

糖尿病診療における食事療法の意義は以下の2点です。第1に「食事療法は、患者のQOLにもっとも貢献する大切な治療である」、第2に「患者の食事に誠心誠意向き合うことは、糖尿病診療における医師—患者関係の要である」。つまり、食事指導にとってもっとも重要なことは「知識」ではなく、「患者に対するスタンス」なのだと私は考えます。つまり食事指導を、医師が“糖尿病療養指導に不可欠な基本的な構え”を身につけるための訓練の場と捉えてみてはどうでしょうか?食事指導には糖尿病療養指導において求められるすべての要素が含まれています。それ故、食事指導を上手にできるようになった医師はそれだけで良好な医師—患者関係を築くことができるようになったと言えます。食事指導では、なによりも患者がどのような食事を望んでいるかを理解し、共感することがもっとも重要なエッセンスとなります。糖尿病療養指導の極意をひと言で表現するなら「いかに『医学の言語』を『生活の言語』に翻訳するか」にかかっているといえます。

以下に日常診療によくありそうな医師と患者の対話の【失敗例】と【成功例】を例に、食事指導のコツを説明してみたいと思います。 Continue reading

『生活習慣病パラダイム』に対抗できる説得力のあるバランス食の文脈を見つけたい

今日は暖かな素晴らしい週末です。バランス食について感じる雑感を書いてみます。

■生活習慣病パラダイム

最初に浮ヶ谷幸代著『病気だけれど病気でない:糖尿病者の生きる生活世界』から、以下を引用します。

1996年、当時の厚生省が『成人病』に代わる呼称として提唱した。 「生活習慣病」の原因は、「さまざまな危険因子」(環境要因、遺伝因子、生活習慣など)であり、従って、治療は「これらの危険因子を減らす」こととなる。「生活習慣病」の危険因子は多重に存在しているにもかかわらず、臨床では医学的にコントロールできる、しかも患者の努力の範囲内でコントロールできるものとして『個人の生活習慣』が位置づけられた。ここに『セルフ・コントロール』という神話が要請されたのである。

この生活習慣病という概念は我が国に広く浸透し、社会に深く浸透し、大きな社会的言説を形成し、医療者の大きな物語となっています。そして、いつの間にか医療現場では「病気の原因は、あなたの悪い生活習慣ですよ」という新たな病因論を生み出しました。病院によっては、なんと「糖尿病教室」でこの説明モデルを用いている処もあるようです。私の糖尿病外来には定期的に看護学部の学生の見学者が訪れます。私は毎回、彼らの実習レポートを読み、コメントを書きます。学生の書いたレポートの中にも、しばしばこの『生活習慣病パラダイム』を垣間見ることになります。それはこんな表現となります。 Continue reading

『バランス食』という自文化中心主義に自覚的になる

はじめにことわっておきたいのですが、私の希望は「我が国の糖尿病患者に対して、実現可能なエネルギー制限食以外の選択肢を与えること」であり、それ故、カーボカウントの普及を強く推進しています。糖質制限食に対しては賛成も反対もしていません。糖質制限食はそれを必要とする患者を是々非々で判断して、慎重に適応を決定すべき段階だろうと考えています。今日は「バランス食」という概念の運用について、注意すべき事柄について述べたいと思います。

栄養士さんのセミナーを主催していて、いつも感じるのが『バランス食』という「自文化中心主義」です(自文化中心主義:人は自分が生まれ育った文化の影響を強く受けていて、それが一番良いと考え、異なった文化の考え方を否定的に判断したり、低く評価してしまうこと)。「糖尿病患者は栄養バランスの良い食事をしなければいけない」「バランスの悪い食事をしていると病気になる」といった考え方です。それは至極正当な考え方だし、それが間違いであるとは言いません。しかし、「食品交換表が根強く広まっている我が国で教育を受けた医療者は「『栄養バランスが一番重要である』という自文化に強く拘束されているという自覚」をもつことは必要だろうと思います。 Continue reading