日本の食事療法を二者択一から三者択一の時代へ

2013年5月熊本で開催された日本糖尿病学会において、エネルギー制限食無効例に対して、糖質制限食(1食20〜40g、1日70〜130gの糖質制限)を行ったところ改善したという発表をm3.comがネット上に公開したところ、大きな話題になったと報じられていた。しかし、私はこのような記事を読むとなぜか気が重くなってしまう。なぜ一方がダメなら真反対に舵を切るのだろうか? 賛成、反対の二元論的な議論をする前に、もっと合理的な解決方法がないのかを議論して欲しいと思わずにはいられない。 食事は糖尿病患者にとって、もっとも大切なものである。 そのことを考慮した現実的な議論がなぜ生まれないのか? このように考えたとき、いつも私は以下のような結論に辿り着く。 「この国では食事と薬物療法を統合して議論する土俵がない」ということだ。食事のことを議論するときは「食事」だけ、薬物療法を議論するときは「薬」だけを議論し、それらが統合されることは決してない。「エネルギー制限食 vs 糖質制限食」という二元論的な議論は食事と薬物療法が表裏一体の関係にあることを忘れているように思われる。 Continue reading

病態を配慮した糖尿病食事指導:関係性促進モデルに基づく実践例

糖尿病診療における食事療法の意義は以下の2点です。第1に「食事療法は、患者のQOLにもっとも貢献する大切な治療である」、第2に「患者の食事に誠心誠意向き合うことは、糖尿病診療における医師—患者関係の要である」。つまり、食事指導にとってもっとも重要なことは「知識」ではなく、「患者に対するスタンス」なのだと私は考えます。つまり食事指導を、医師が“糖尿病療養指導に不可欠な基本的な構え”を身につけるための訓練の場と捉えてみてはどうでしょうか?食事指導には糖尿病療養指導において求められるすべての要素が含まれています。それ故、食事指導を上手にできるようになった医師はそれだけで良好な医師—患者関係を築くことができるようになったと言えます。食事指導では、なによりも患者がどのような食事を望んでいるかを理解し、共感することがもっとも重要なエッセンスとなります。糖尿病療養指導の極意をひと言で表現するなら「いかに『医学の言語』を『生活の言語』に翻訳するか」にかかっているといえます。

以下に日常診療によくありそうな医師と患者の対話の【失敗例】と【成功例】を例に、食事指導のコツを説明してみたいと思います。 Continue reading

2型糖尿病患者のためのカーボカウントの意義

皆さん、こんにちわ!研究会代表を務める杉本正毅です。今日は3月2日、快晴の土曜日です。

私たちカーボカウント研究会は2011年4月から都内の管理栄養士、ナースなどが中心となって、毎月1年半に亘って、主に2型糖尿病のためのカーボカウントの実践について、発表し、討論を重ねてきました。そして、その成果を2013年に『2型糖尿病のためのカーボカウント実践ガイド:食品交換表とカーボカウントの連携を促進する』(医薬ジャーナル社)として今夏以降(8〜9月頃を予定)に上梓する予定です。現在まで、その出版の準備のため、研究会活動を休止してきました。しかし、4月14日(日)から再開する予定です。

今日は、今年出版予定の著書(編者:杉本正毅)の概要を少しだけご紹介したいと思います。これを読んでいただくと、私たちが考える糖尿病栄養療法の骨子をご理解いただけるものと思います。現在、私はこの著書に著したカーボカウントの実践方法を全国さまざまな処で講演しています。実は本日も「関東信越国立管理栄養士協議会研修会」でお話しする予定です(国立国際医療研究センター5階大会議室)。

それでは、今日の研修会で配付する資料の一部を、以下にご紹介します。

講演タイトル:カーボカウントと食品交換表の連携を促進する:基礎カーボ指導の重要性に着目することで拡がる新しい栄養療法の可能性

東京衛生病院糖尿病内科 杉本正毅

【講演要旨】

最近の2型糖尿病治療における最大のパラダイムシフトはインクレチン関連薬の臨床応用によって、もたらされている。同様に、この数年間における糖尿病栄養療法に関する言説の変化はインクレチン関連薬によってもたらされた変化に匹敵するほど、いやそれ以上の激変であると言っても過言ではないだろう。

我が国にこうした大きな変化がもたらされた背景を考えてみることは、これからの糖尿病栄養療法の在り方を議論する上で、大変意義深いと思われる。そこで以下に、演者の個人的な見解を述べてみたい。

第1に挙げられるのは『糖質制限食』と呼ばれる栄養療法の登場である。この栄養療法が、我が国にこれほどに大きな影響を与えた主な理由、それは我が国では、欧米に比べてきわめて「画一的栄養指導」(もう少し正確に言えば、「画一的な栄養指導であると患者に受け止められていた」)が行われていたからではないか?と演者は考えている。糖質制限食は従来の栄養指導に満足できない人たちの間に、主にインターネットを介して急速に普及した。糖質制限食が急速に普及したという事実から、演者は従来の栄養指導における2つの課題を指摘したい。1つは「血糖管理という視点が希薄であったこと」、2つめは「病態や患者背景を考慮しない画一的な指導法であったこと」である。糖質制限食が急速な拡がりを見せるに至った結果、ようやく我が国の糖尿病専門家文化圏においても、「栄養バランスにおける炭水化物の適正比率」に関する議論が始まったと言っても過言ではないだろう。

ここ数年間の栄養療法における議論は「エネルギー制限食 vs 糖質制限食」、もっと率直な表現をするなら、「糖質制限食は是か非か?」という、互いに認め合うことの少ない不毛の議論であった。この対立の構図は「エネルギー制限と栄養バランス(糖質制限)のどちらを優先すべきか?」という議論に置き換えることもできるだろう。このように言い換えてみると、その解は明白で、「それは患者の病態によって異なるはず」という至極当然な結論に帰着する。それ故、演者は「糖質制限食は是か非か?」という命題の代わりに、「エネルギー制限食とカーボカウントをどのように使い分けたら良いのか?」という命題を提案したい。すなわち、 ①エネルギー制限食を希望しない患者に対する代替案として、どのようにカーボカウント指導を取り入れたら良いのか? ②エネルギー制限よりも基礎カーボカウント(1食に摂る糖質量を一定にする指導)を優先した方が良い患者とはどのような患者か?その具体的な指導方法は? ③極端な糖質制限を行っても問題が生じないようにするためにはどうすれば良いのか? Continue reading