自己決定を医師と共有できない、日本の「お医者様文化」

自己決定・主体性教育における日米の違い

最近、Blogを更新していないので、以前Facebookに投稿したものをアップしたいと思います。

東京衛生病院のDM外来で数名の米国人を担当している。数名の米国人の経験から一般化することは少し乱暴な話だと思うのだけれど、少々興味深い話なので、お許しいただきたい。

治療方針について患者に尋ねたとき、「先生にお任せします」というときの中味が日米の患者で随分異なると感じている。

米国人から「任せるよ」と言われると、僕は喜んでそれぞれの治療法のメリット、デメリットを論じて、自分の考えを薦める。患者は大抵“Ok!”と、僕の提案を承認してくれる。しかし、たまたま注射療法が好みではなかった場合は、両手を挙げて、” Oh No!”とはっきりと態度で示してくれるから、代替案を提示しやすい。しかし、日本人の場合、特に60代以上の昭和文化で育った患者さんの場合はこうはいかない。

こうした「お医者様」文化を身に纏った患者さんが「私には分かりませんから、先生にお任せします」と言ったときは要注意なのだ。僕はその患者さんとの長年の付き合いから、その「お任せします」の意味を嗅ぎ分けて、ときどき「いえ、お任せされても困るんです。これは、あなたに決めて欲しいのです」と返すことがある。

■日米の「お任せします」はどこが違うのか?

患者さんが『自己決定』にコミット(参加、関与)しているか、いないか?という点だと、僕は感じている。日本の患者さんの場合、「お任せします」が、実は「責任放棄」に限りなく近い場合があるのだ。こういう患者さんは自分が予想していなかった展開が起こると、不平不満を言い出す危険性があるのです。真の「お任せします」とは、自分が分かるまで説明を聞いて、しっかりと理解した上で、医師と「決定を共有すること」なのだと思う。

 

バイオ・サイコ・ソーシャル糖尿病研究所(BioPsychoSocial Diabetes Institute)

2007年、勤務医からフリーの医師に転身するとき、『糖尿病心理研究所』という個人法人を設立して、執筆と講演活動を行ってきました。しかし、その後の自分の関心領域の拡大・変化に伴い、「名が体を表していない」という居心地の悪さをずっと感じていました。「もっと医療人類学的な意味を含んだ名前に変更したい」、そう思っていました。そこで、この度『バイオ・サイコ・ソーシャル糖尿病研究所』(BioPsychoSocial Diabetes  Institute)へ名称変更を行う予定です。この名前は、「生物心理社会モデル」(Bio〔身体〕-Psycho〔心理〕-Social〔社会〕Model)に基づく糖尿病医療の推進および啓蒙活動を行うという、これからの私自身のミッションを名称に託したものです。すなわち、生物医学ー心理学ー社会学および文化人類学を統合した診療を意味します。 Continue reading

患者の生きる意味の多様性を解釈するツールとしてのA1c目標値

「先生、A1cはどこまで下げればイイのですか?」にどう答えれば良いのだろうか?新しい血糖管理目標「6・7・8方式」の実際の運用について、認識論、意味論からまじめに考察してみた。

■はじめに
最近、あるMRさんから「私が訪問している開業医の先生から、A1cがいくつになったら投薬を開始したら良いのか?という質問を受けたのですが・・・」という質問をされた。この質問に対して、形式的に回答するなら、「日本糖尿病対策推進会議編『糖尿病治療のエッセンス』、あるいは日本糖尿病学会編『糖尿病治療ガイド2012-2013 血糖コントロール目標改訂版』を参照して下さい」と答えるのが無難ではないかと思う。しかし、実臨床に即して答えるとなると、この質問に対する回答はかなり難しい。そこで、週末を使って、この素朴な疑問について、考えをめぐらせてみた。

■A1cの目標値を決めることは実はとても難しい
外来診療の場でもしばしば患者さんから同様の質問を受けることがある。「先生、A1cはどこまで下げれば良いのでしょうか?」と。実は、こういうシンプルな質問に答えることが一番難しい。第1、とても素朴な疑問として思うことは、「A1cの目標値を幾つ以下にしなさい」と、他人から、特に医療者から言われることは当事者にとって、とても心外なのではないか?ということだ。だから、僕はいつもこう答えることにしている。「それは、とても難しい問題ですね。それで、あなたはどれくらいを目指したいですか?」と。僕は、A1cの目標値こそ、患者に決めさせるべきだと思っている。医師の役割は患者がその大切な決定を行えるように十分な情報提供を与えることだと考えている。 Continue reading

7月の研究会活動報告

本日、7月の研究会が開催されました。

プログラム

1.「日本版Idaho Plate(第一報)」:NPO法人西東京臨床糖尿病研究会登録管理栄養士 布川かおるさん

2.「非インスリン2型糖尿病患者に対する基礎カーボカウント指導から学んだこと、そしてこれから取り組みたいこと」:東京衛生病院栄養科・管理栄養士 志村良子さん

 3.血糖パターン管理による薬剤最適化プログラム 〜 360°view systemを用いたチームアプローチの実際〜 1)糖質制限食との違いを明確にする 2)基礎カーボカウントの重要性  3)エネルギー制限食で血糖管理目標を達成出来ない患者にカーボカウントを導入するためのフローチャート 4)血糖パターン分析の実際

志村さんはpower pointのデータが破損したため、3症例についてオーラルのみのブリーフレポートとなりました。このため、次回の研究会でもう一度発表することとなりました。そこで、プログラム1.およびプログラム3.について報告します。

日本版Idaho Plate(第一報)

まずIdaho Plateについて文献的に考察し、コンセプト、メリット、主な対象などについて報告。その実際の効果(アウトカム)について文献的な考察をしました。

さらに盛りつけの実際について概説し、実際に自宅にある皿に、ご飯、麺、パスタなどを盛りつけて、気づいたことを報告してくれました。

さらに日本版Idaho Plateの弁当方式の提案を詳細に報告。弁当方式のメリットとして「自分に合ったサイズの弁当を選ぶことが出来る」「料理の組み合わせをおかずの比率で盛りつけることができる」ことを挙げました。さらに実際に弁当箱に「ご飯」「麺」「パスタ」などを盛りつけて、それぞれの適切な盛りつけ方、弁当箱のサイズで患者に合ったエネルギー量に調整できること、さらに主菜/副菜比率、おかずの内容に関する指導のポイントなどについて報告してくれました。さまざまな理由で、バランスの良い食事ができない人たちがたくさんいます。日本版Plate法は、そうした人々に有効な指導法になるのではないかという確かな手応えを感じました。

血糖パターン管理による薬剤最適化プログラム

 

 

冒頭に「糖質制限食」と「基礎カーボカウント」の違いについて、明確にすることの重要性について述べました。

次に、その上で基礎カーボカウントという概念を取り入れることの重要性について概説。さらに、食品交換表に基づくエネルギー制限食で血糖管理が改善しない患者に対して、カーボカウントを導入する際のフローチャートを示しました。

次に、「薬剤最適化」をいかに患者に教えたら良いか?について概説。その後、「パターン管理の実際」について概説し、3症例について、実際の7ポイント・3日間の血糖応答、生のSMBGデータを示して、血糖パターン管理の演習を行いました。

 

7月のカーボカウント研究会のお知らせ

次回のカーボカウント研究会のお知らせをします。

日時:7月28日(日)、14:00〜17:00

場所:ロッシュ本社会議室

http://asp.netmap.jp/map/278400518468.html

【7月のアジェンダ】

1.「日本版Idaho Plate(第一報)」:NPO法人西東京臨床糖尿病研究会登録管理栄養士 布川かおるさん

 2.「非インスリン2型糖尿病患者に対する基礎カーボカウント指導から学んだこと、そしてこれから取り組みたいこと」:東京衛生病院栄養科・管理栄養士 志村良子さん

 3.Structured SMBG リレー報告:朝比奈クリニック・管理栄養士 渡部一美さん

 4.血糖パターン管理による薬剤最適化プログラム 〜 360°view systemを用いたチームアプローチの実際〜 1)糖質制限食との違いを明確にする 2)基礎カーボカウントの重要性  3)エネルギー制限食で血糖管理目標を達成出来ない患者にカーボカウントを導入するためのフローチャート 4)血糖パターン分析の実際

東京衛生病院教会通りクリニック 杉本正毅

以下に出欠確認のための『伝助』のURLを添付します。
http://densuke.biz/edit?cd=D26xFwKZwyXM5YbN&pw=inK0i9zDKECso

登録の仕方は簡単で、□に名前を記入して、○(参加)、×(欠席)、△(未定)
を選んで、最後に「登録」を押すだけです(必ず、最後に「登録」をクリックしてください)。

非インスリンEarly stage糖尿病患者へのSMBG導入プロジェクトを始動!

東京衛生病院教会通りクリニックと門前薬局との協力によって、Early stageの糖尿病患者(食事療法のみまたは経口薬治療の患者)を対象に、早期に自己血糖測定(SMBG)を導入し、HbA1c<6%をめざす試みを企画した。今回の企画は、自発的に門前薬局で血糖測定器を購入してくださる患者さんのみを対象にしている点が特徴である。今回は非インスリンEarly stgaeの糖尿病患者に対するPreliminaryな試みである。つまり、まずは少人数の患者を対象に、7ポイント3日間血糖応答から、いかに多くの情報を読み取り、それを服薬指導、栄養指導などに活かしていくか?それぞれの職種の役割分担は?初診時のオリエンテーション→患者の食事記録、360°view記載→医師の360°viewの解析、薬剤最適化→栄養士による基礎カーボカウントを中心とした栄養指導、薬剤師による服薬指導といった一連の流れを「チームとして体験すること」、つまり、実践のノウハウを掴むためのpreliminaryな実践と位置づけている。最終目標は「血糖パターン管理により、自立した自己管理ができる患者の育成方法の確立」「360°view sytemによる薬剤最適化プログラムによって、より良質な血糖管理を実現すること」である。 Continue reading

新しいA1c目標値に期待する:3段階の目標設定を「医師−患者関係」を変革する突破口としたい

2013年5月に発表された「熊本宣言2013」では画一的なA1c値の目標を廃し、個別に決定していくことをめざして、A1c<6%(血糖正常化をめざす際の目標)、A1c<7%(合併症予防のための目標)、A1c<8%(治療強化が困難な際の目標)と、3段階の分かりやすい値に設定された1)。

これまで我が国ではA1c目標値はきわめて画一的に決められ、「A1c値は7%未満であるべきだ」と一方的に治療者から患者に対して要求されている場合が多く、患者の大きな心理的な負担となっていた。そうした医師−患者関係の象徴が糖尿病治療ガイドに掲載されていた【優・良・可(不十分/不良)・不可】という血糖コントロール指標であった2)。こうした点を考慮すると、3段階のA1c目標値設定はまさに糖尿病診療における医師−患者関係の枠組みに変革をもたらす突破口になり得るほどの重要な改正であると、私は3段階の新目標値に大きな期待を寄せている。

ここで問われるのは「A1c値の目標設定を進める際の治療者の患者に対するスタンス」である。A1c値の個別化を進めていくためには患者の病態、社会的背景、動機づけの高さ、自己管理能力などを勘案することが求められる。さらにA1c値を6%ないし7%未満に維持することが患者にとって価値のあることであると理解してもらう必要があるし、A1c 8%未満を目標とすることが、長期的にみて安全で利益をもたらす決定であることを患者に理解してもらう必要がある。

それは医療者にとって、決して容易ではないはずである。そのためには患者の自己決定に対する敬意の念に基づく丁寧な説明が求められるはずである。そして、それこそが3段階の目標設定がめざす真髄であると私は考えている。

【参考文献】

1)日本糖尿病学会編、糖尿病治療ガイド2012-2013、p24〜25、東京、文光堂、2013
2)日本糖尿病学会編、糖尿病治療ガイド2012-2013、p25、東京、文光堂、2012

『カーボカウント』への道のりを振り返る

私とカーボカウントとの出会いから現在に至るまでの道程を振り返りながら、私がカーボカウントの普及に力を入れるようになった経緯について書いてみたいと思う。

●カーボカウントとの出会い

私がカーボカウントをはじめて知ったのは、多くの医師と同様、DCCT研究(Diabetes Control and Complications Trial)1)であった。DCCT研究とは、1983〜1993年にかけて米国およびカナダで行われた大規模臨床研究で、その内容は1型糖尿病患者を強化療法群(強化インスリン療法または持続皮下インスリン注入療法〔CSII〕)と従来療法群(当時の一般的な治療であった1日1〜2回のインスリン注射)に分けて、網膜症・腎症・神経障害の発症や進展予防が可能かどうかを調べたものであった。そして、強化治療群の指導ツールとしてカーボカウントが活用され、輝かしい成果を上げたという報告であった。筆者はこの報告によって、1型糖尿病患者に対するカーボカウントの有効性をはじめて知った。さらにその後、1994年米国糖尿病学会(ADA)がカーボカウントを正式な食事療法として認め、「個別化栄養療法」を宣言した2)。「個別化栄養療法」とは、「糖尿病患者の代謝は個々に異なるので、すべての患者に最適な栄養処方は存在しないという考えから、これまでの栄養勧告の中で必ず定義づけてきた炭水化物と脂質の比率を撤廃し、栄養バランスは患者毎に個別に決定すべきである」という提言である。これによって、カーボカウント指導の対象は1型糖尿病患者だけでなく、すべての糖尿病患者へと拡がった

●糖尿病エンパワーメント・アプローチとの出会い

その後、私は2001年医歯薬出版社から発刊された『糖尿病エンパワーメント』に出会った。 Continue reading

日本の食事療法を二者択一から三者択一の時代へ

2013年5月熊本で開催された日本糖尿病学会において、エネルギー制限食無効例に対して、糖質制限食(1食20〜40g、1日70〜130gの糖質制限)を行ったところ改善したという発表をm3.comがネット上に公開したところ、大きな話題になったと報じられていた。しかし、私はこのような記事を読むとなぜか気が重くなってしまう。なぜ一方がダメなら真反対に舵を切るのだろうか? 賛成、反対の二元論的な議論をする前に、もっと合理的な解決方法がないのかを議論して欲しいと思わずにはいられない。 食事は糖尿病患者にとって、もっとも大切なものである。 そのことを考慮した現実的な議論がなぜ生まれないのか? このように考えたとき、いつも私は以下のような結論に辿り着く。 「この国では食事と薬物療法を統合して議論する土俵がない」ということだ。食事のことを議論するときは「食事」だけ、薬物療法を議論するときは「薬」だけを議論し、それらが統合されることは決してない。「エネルギー制限食 vs 糖質制限食」という二元論的な議論は食事と薬物療法が表裏一体の関係にあることを忘れているように思われる。 Continue reading

病態を配慮した糖尿病食事指導:関係性促進モデルに基づく実践例

糖尿病診療における食事療法の意義は以下の2点です。第1に「食事療法は、患者のQOLにもっとも貢献する大切な治療である」、第2に「患者の食事に誠心誠意向き合うことは、糖尿病診療における医師—患者関係の要である」。つまり、食事指導にとってもっとも重要なことは「知識」ではなく、「患者に対するスタンス」なのだと私は考えます。つまり食事指導を、医師が“糖尿病療養指導に不可欠な基本的な構え”を身につけるための訓練の場と捉えてみてはどうでしょうか?食事指導には糖尿病療養指導において求められるすべての要素が含まれています。それ故、食事指導を上手にできるようになった医師はそれだけで良好な医師—患者関係を築くことができるようになったと言えます。食事指導では、なによりも患者がどのような食事を望んでいるかを理解し、共感することがもっとも重要なエッセンスとなります。糖尿病療養指導の極意をひと言で表現するなら「いかに『医学の言語』を『生活の言語』に翻訳するか」にかかっているといえます。

以下に日常診療によくありそうな医師と患者の対話の【失敗例】と【成功例】を例に、食事指導のコツを説明してみたいと思います。 Continue reading